少年Bの評判は…
Aが事件後、現場近くを歩いていたのは、運転手役のBがAを見捨てて先に車で逃げたためだと栃木県警はみているもようだ。車は海斗容疑者の後輩名義の白い高級外車で、犯行の前後にぶつけたらしく左前部が破損した状態で相模原市内のBの自宅近くで見つかっている。
そのBについて知人は、
「もともと祖父母が住んでいた家でしたが、祖母が入院したタイミングで祖父も出て行き、その代わりに移り住んだのがB親子でした。Bは母子家庭で、元は真面目でしたが中学2年か3年のころから学校を休みがちになりました。最近はワルっぽくなってバイクに乗ったり、地元でたむろしたりしていました」
移り住んで来てからB親子のもとには様々な年代の子達が訪ねてきていたという。
「2年ほど前からいつも4、5人がタムロしていて、なかには腕にイレズミが入っている子もいました。バイクで来て、朝方まで音がしたり騒ぐ声もうるさいので近所の人はしょっちゅう警察に通報していました。注意してツバを吐かれた人もいたそうです」(近隣住民)
周囲の住民は、Bたちの騒音問題に苦しめられていた。
「私は、親は別の場所に住んでいるのだと思っていました。普段下は中学生くらいの子から上は20代くらいの男の子が家を自由に出入りし、家の前の道路でご飯を食べたり寝そべったり、上半身裸でスパーリングのようなことをしたりしていました。
それを注意するような大人もいなく、私は行き場を失くした少年が暮らす施設だと思ったくらいです」(別の近隣住民)
別の近隣住民は、逮捕当日の様子も覚えていた。
「警察や刑事があの家に来ることはこれまで何度もありましたが、彼が逮捕された15日に、私服の刑事さんが5、6人以上来て、車も来てとこれまでの規模とは違う雰囲気でした。刑事たちは彼の家に入っていったんですけど、それから1時間くらいして『2人目の少年を逮捕』って速報がテレビで出てました」
いっぽうBの親族はこう語り、肩を落とした。
「Bと最後に会ったのは何年か前の正月です。そのときの様子は普通でしたよ。彼の母親とも2年以上会っておらず、連絡がとれないんで、事件についてもわかりません」
犯行の計画者が明らかになり、逮捕された者たちがなぜ加わってしまったのか解明され相応の罰を受けても、遺族の悲しみが消えることはない。
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

