表面防御がないと金はすぐに錆びる金属だった

どうやって表面の六角形が金を錆から守っているのか?
ここで思い出してほしいのは、空気中の酸素は、ふだん原子が2個ペアになった「酸素分子(O₂)」のかたちで漂っているということです。
このペアが金属と本格的に反応するためには2つをバラバラに引き離す必要があります。化学では、こうしてペアが2つに分かれることを「解離(かいり)」と呼びます。
解離してバラバラになった酸素原子1個1個が金属にくっつくことで、ようやく酸化が本格的に進んでいくのです。
そして、このペアを引き離すには、ちょっとした「ひと押し」のエネルギーが要ります。
通常は外部からエネルギーを叩き込んでやる必要がありますが、化学の世界にはペアの2人それぞれに、ペアでいるよりも居心地のいい「行き先」を用意してあげるというやり方があります。
たとえばスッポリとはまり込んで居心地がよくなるスキマなどです。
このようなスキマは、実は金属の表面にはたくさんあります。
というのも金属の原子は周囲の電子たちも含めると、丸いボールに近い形をしています。
そして同じボールでも、並べ方によって、ボールとボールのあいだに残るすき間の大きさは、ずいぶん変わってきます。
たとえば、ビー玉を碁盤のマス目のように整列させた場合、1個のビー玉のまわりには4つの仲間しか接していません。
そのため、ビー玉が4つ集まったところどころに、ひし形のけっこう大きなすき間がぽつぽつと残ります。
このひし形のへこみは、バラけた酸素原子1個1個がちょうど腰を下ろせるサイズになっています。
スキマにすっぽりはまり込むと、底や側面の何個もの金原子が、酸素分子をいっせいに掴めるようになります。
たくさんの金原子に同時に手をかけられた酸素ペアは、引き伸ばされてほどけやすくなるのです。
つまり、酸素が金属を変えるには、3つの関門があるわけです。
・関門① まず、酸素分子が金属の表面に近づく
・関門② 次に、酸素分子の手をほどく
・関門③ そして、ほどけた酸素が金属にくっつく
ところが金の場合は、表面がハチの巣のように六角形の並び方をしていました。
1個のビー玉のまわりに6つの仲間がぴったり寄り添う感じです。
このときできるスキマは、かなり狭い三角形型です。
酸素原子1個ですら、そこに腰を下ろすには居心地が悪すぎる。
さらに「ほどいたあと、2人が座れる場所がない」――そうなると酸素分子を解離させる引っ張りも起こりにくく、起きたとしても2つの原子がバラバラになれるほど空間的余裕がなくさらに解離しにくい、という条件が重なります。
結局、酸素はペアのまま、金の表面をふらふらと漂うしかなくなるのです。
・表面の「六角形」は、どこから来ているのか?
金の塊の内部では、ひとつの金原子は12人ものご近所さんにぐるりと囲まれて、ぎゅっと落ち着いています。
ところが切ったり磨いたりすると、内部にいた原子が突然「表面」に出されてしまいます。
上半分が空気の世界になり、まわりの仲間の数も急に減ってしまうのです。
このとき、表面の原子が何人のご近所と接していられるかは、金属の塊をどの向きで切ったかによって変わります。
野菜を真っ直ぐ切るか斜めに切るかで、断面の見え方が違ってくるのと同じです。
そして、金の表面に六角形が現れるルートは、大きく2通りあります。
ひとつは、最初は仲間が少なくスカスカで現れる切り口(専門的にはAu(110)やAu(100)と呼ばれる面)です。
仲間が少なくて落ち着かない原子たちは、ほんの数秒のうちに自分から動きはじめ、もっと仲間の多い六角形の並び方へと自前で組みなおします。
もうひとつは、もともと六角形に近い並びを持って現れる切り口です(金の中でもっとも安定な面で、専門的にはAu(111)と呼ばれます)。
こちらは別の研究からよく知られている話で、ふつうの指輪や金貨など実物の金製品に多く現れる代表的な顔つきです。
今回の論文の中心はAu(110)とAu(100)の並び替えですが、より広く「六角形に近い金表面はどれも酸素を割りにくい」という傾向も同時に示されました。
並び替えを経てたどり着く六角形と、最初から完成している六角形。入口は違っても、ゴールはどちらも同じ「六角形の陣形」です。
ですから今回の発見は、特別な表面だけの話ではありません。
私たちが普段、指輪を眺めたり金貨を手にしたりするその表面でも、似た仕組みが効いていると考えられます。
「酸素を割るのが苦手」な金を触媒にできるかもしれない

ちなみに、ここまでの「金属の表面で分子のペアをほどく」という話に、どこかで聞いた覚えがある人もいるかもしれません。
これはまさに、触媒(自分自身はあまり変わらずに、ほかの分子の化学反応を進めてくれる物質)の働き方そのものなのです。
たとえば白金(プラチナ)やパラジウムといった金属は、その表面で酸素分子のペアを次々とほどき、反応をスムーズに進める「働き者の触媒」として知られています。
自動車の排ガス浄化装置で活躍しているのも、まさにこの仲間です。
ところが金は、酸素分子をほどく触媒としては、かなり不器用すぎる表面を持っています。
六角形の盾をびっしり敷き詰め、酸素分子に足場をひとつも与えてくれないからです。
宝飾品としては最高の美徳である「酸素と関わらない性質」が、触媒の世界では最大の弱点になる――。
金は、まったく同じひとつの仕組みを使って、宝飾品の世界では英雄を、触媒の世界では落ちこぼれを演じている、なんとも不思議な金属なのです。
ところが今回の研究は、この弱点に対しても、ひとつの道筋を示しました。
裏を返せば、金の表面に組まれた六角形の陣形を、何らかの方法で乱すことができれば、金は酸素と反応しやすくなり、特定の酸化反応では、酸素分子を分解しやすい金触媒へ近づけられる可能性がある、ということになります。
「金は、なぜ錆びないのか」がわかったからこそ、その仕組みを部分的にオフにする方法も見えてくる、ということです。
宝飾品として身につけるときは、原子の盾はそのままに。
化学工業で働かせたいときには、盾を一時的に外す。
そんな使い分けが、いずれ可能になるかもしれません。
具体的な応用先としては、プラスチック原料となる酢酸ビニルの製造、自動車の排気ガスに含まれる一酸化炭素の浄化、酸化プロピレンという工業用の重要な化学物質の合成などが挙げられています。
これまでは、金触媒の性能を上げるために、金にほかの金属を混ぜたり、ごく小さな金の粒(ナノ粒子)を別の物質に貼りつけたり、というやり方が中心でした。
今回の研究はそこに、「表面の形そのものを操作する」という、もう一つの選択肢を加えたことになります。
宝飾品としての”錆びない金”。
触媒としての”働く金”。
このふたつを両立させる入り口に、研究は立ったのです。
金は「1人で電子を守る個人技」と「仲間と六角形を組むチームプレイ」の二重防御によって、その輝きをずっと守り続けてきました。
次にあなたが博物館でツタンカーメンの黄金マスクを見るとき、その表面ではいまこの瞬間も、無数の原子たちが六角形の陣形を組み続けているはずです。
3000年前から続いている、目に見えない「防御工事」のおかげで、あの輝きが、いま私たちの目に届いているのです。
参考文献
How does gold keep its glitter? Tulane University researchers uncover why it resists tarnish
https://www.eurekalert.org/news-releases/1129141
元論文
Role of Reconstruction in the Inertness of Gold toward Oxygen
https://doi.org/10.1103/g3bc-t1qv
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

