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「人生の「しょうもない」ことを光らせてもいい」岡野大嗣×津村記久子『夜なのに夜みたい』刊行記念対談

「人生の「しょうもない」ことを光らせてもいい」岡野大嗣×津村記久子『夜なのに夜みたい』刊行記念対談

 岡野大嗣さんの新刊『夜なのに夜みたい』は、頭に描いたものと目で見たものの「差分」を書き留めた言葉のスケッチ集。たとえば、見上げた月の大きさや、いつかの教室に西日が射していたこと。日常に潜められたささやかな感動や季節の移ろいが、短歌と散文、二つの言葉で鮮やかに切り取られています。そんな本作に「記憶のトリガー」を引かれたと話すのが、やはり日々の生活における小さなおかしみを掬い取ってこられた津村記久子さん。今回は、ともに大阪出身で音楽愛好家と共通点の多いお二人に、作中に覗く街並みや思い出についてたっぷり語っていただきました。

 

構成/河野瑠璃 撮影/岡田亜莉紗

岡野 津村さんとは三年ぐらい前に、大阪のスタンダードブックストアで一度対談させてもらったんですが、もっと喋りたいなと思ってました。
津村 あの時は、スタンダードブックストアの店主である中川和彦さんも含めて、音楽の話で盛り上がりましたよね。すごい面白かった。
岡野 今日は、僕が津村さんのことを意識したきっかけの新聞記事を持ってきました。二〇〇九年に津村さんが『ポトスライムの舟』で芥川賞を受賞された時の、日経新聞夕刊のインタビュー記事です。
津村 めっちゃ昔の記事ですね!
岡野 この中で津村さんが、デビュー当時の中村一義さんが音楽雑誌のインタビューで話した内容に触れておられて。「自分に才能があるかどうかは意識しない。本質的に曲をつくりたい」と一義さんが淡々とした態度で答えていたことについて、津村さんが、「ありのままの自分を表現しようと音楽づくりに臨む姿は刺激になりました」と話されています。
 中村一義さんのこのインタビュー記事は僕も読んでいて。当時まだ二十歳前後かな、表現することへの憧れがあったから刺激をもらった。でも、僕は津村さんと違って、もらった刺激を「自分もやってみよう」という気持ちに変換できなかったんです。それから二十代で働き詰めになり、ある日、仕事で日経の記事をスクラップしているときに津村さんのこの記事を見つけたんです。実際に短歌に出会うのはもう少し後ですが、津村さんを通して、一義さんの言葉にあらためて出会えたことが、創作への気持ちを再燃させてくれたという実感があります。一義さんのインタビュー、『ROCKIN’ON JAPAN』じゃなかったですか?
津村 自分は『rockin’on』のディスクレビューで『金字塔』を知って、図書館に『ROCKIN’ON JAPAN』を読みに行きました。すぐCDを買いに行きました。歌詞を読んで「ようやく日本語で自分たちの苦しさを歌ってくれる人が現れた」と衝撃を受けました。
岡野 そうそう。「犬と猫」の歌詞は今読むとなお「今の時代そのものやん」と思うし、歌い出しの「どう?」には、ニルヴァーナの「Smells Like Teen Spirit」の「Hello」を感じて興奮したのを覚えています。
津村 それまでは英語を母国語とする人の曲を聴いた時に「自分のことや」と思っていたのが、ようやく日本語で出てきた感覚だったんですよね。少し前の世代の方は、ザ・ブルーハーツの名前を挙げると思いますが、私はまだ小学生だったので。
岡野 そうですね。僕もブルーハーツは大人になってから聴いてます。
津村 歳いってから聴いたらやっぱりブルーハーツはすごいんですけど、私にとっては中村一義が思いを代弁してくれる初めての日本のアーティストでしたね。世界観もそうで、ジャケットの佐内正史さんの写真を見て「これをいいと思っていいんだ」と感じたんですよ。でも、あの感じを岡野さんもずっと表現してはると思います。『夜なのに夜みたい』にも、中村さんや佐内さんを彷彿とさせる文章がありました。

 スマホで撮ると小さくなると知りながら、大きな月は記録したくなる。その夜の月は、見たままに近い大きさで写せた。どうして上手く撮れたのか。それは月ではなく、駐車場の照明がふくらんで写っているだけだった。実際の月は照明のふくらみに小さく見切れていた。写真と肉眼に差がありすぎる。肉眼に映る月こそがリアルというより、写真と肉眼の間に、差を埋める景色があるような気がする。間違って月になった駐車場の照明が、その瞬間の差分として最もリアルな月の姿だった。

 この文章を読んで、まさに佐内さんの写真みたいやと思ったんです。中村さんの『金字塔』のジャケットも、塔のように見えるものは、煙突を背景に灰皿の上に立てられているタバコ。佐内さんは定義から外せる人というか、それこそ駐車場の照明を撮影して、全然知らん人に月ですよと言って見せることができる人で、この文章もそれに近いですよね。
岡野 嬉しいです。佐内さんにはすごく影響を受けてると思います。実は昨年、佐内さんと『あなたに犬がそばにいた夏』という本を一緒に作りました。佐内さんは感覚を大切に話される方という印象があって、物の見方が新鮮。先入観でラベリングしないというか。

大阪だから生まれた表現

津村 物の見方で言うと、〈ヨドバシのひとが深夜に起きている深夜をゆくと人が瞬く〉という短歌もよかった。岡野さん、前の対談でも、ヨドバシのエスカレーターで聞いた「ヨドバシって、いつ来てもクリスマスの匂いせえへん?」って女の子たちの会話の話をしてたでしょ。岡野さんにとってヨドバシカメラは観察地点のひとつなんですか?
岡野 よく覚えてますね(笑)。梅田のヨドバシは日本一でかくて、誇らしくて、よく見てますね。東京で秋葉原のヨドバシにも行きましたけど、梅田のヨドバシでしか得られない感覚があります。この短歌は、そんな梅田ヨドバシで二十四時間開いてる、ネットで注文した品を受け取れる場所のことです。夜、その場所だけぽっかり光ってるんですよ。深夜でも窓口には人がいて、椅子がいっぱい置いてあって、お客さんは病院みたいに呼ばれるんですけど、天国の待合室みたいで。そこを起点に、数少ないけれど街ゆく人が光り出すような。
津村 私たちくらいの年代にとって、二十代の一番苦しい時に梅田ヨドバシができたんですよね。岡野さんがどうかはわからないですけど、私はしんどい時に、ヨドバシとかホームセンターとかいっぱい物があるところに行くと、浄化されるのか気が楽になります。
岡野 めっちゃわかります。なんでも売ってるし、情報量が多くて「みんないろんなものに興味あるんやなあ」と思って、落ち着きます。
津村 食べ過ぎて苦しい時にショッピングモールをうろうろ見て回ったら回復したって話も聞いたことがあって、それに近いニュアンスを、岡野さんがするヨドバシの話に感じるんですよ。物の救いというかな。その感覚を集約してるのが、女の子の言った「クリスマスの匂い」。
岡野 なるほど。僕、「クリスマスの匂い」は大阪だから聞けた気がしてます。大阪は会話といってもめいめいに「思ったから言う」みたいなところがあるじゃないですか。短歌ってそういう、閉じられていない独り言みたいなものと相性がいいと思っています。たとえば「家電量販店特有の、新しいプラスチックの匂いや明るい照明は、子どもの頃にプレゼントを買ってもらったワクワク感を想起させる。だから、たとえ真夏であっても、ここは私にとってクリスマスの象徴的な空間なのだ。」と説明してしまうと言葉の魔法が消えちゃうけど、「クリスマスの匂いせえへん?」はみずみずしい。
津村 「クリスマスの匂い」って言われても、ヨドバシはキョトンとするでしょうけど(笑)。
岡野 それこそ津村さんの『ウエストウイング』に出てくる地下道のモデルは、ヨドバシの近くにあった「梅北地下道」ですよね? 
津村 そう。一駅分くらいあるめっちゃ長い地下道で、何年か前までは「グランフロント大阪」と「梅田スカイビル」を徒歩で行き来するにはこの道を使うのが一番の近道だったんですよ。
岡野 僕、一時期「梅田スカイビル」に仕事で通っていたので、読んですぐにわかりました。津村さんの作品は大阪の場所が出てくるのが嬉しい。地名が出てこなくても、「あの辺のあの感じだろうな」ってわかるのが、大阪の人にとってはたまらないです。
津村 あの地下道を通るたびに「ここが水で埋まったらどうなるんやろ」とか、橋の上に作られた街を描いたウィリアム・ギブスンの『ヴァーチャル・ライト』みたいになればいいのにと考えていて『ウエストウイング』を書いた感じですね。最近「クインテット」(「小説すばる」連載中)では京都のことを書いてます。
岡野 ヨドバシも短歌にされている方、他にもいますよ。〈ヨドバシの前のみじかいエスカレーターかわいいな 忘れてしまう〉っていう。橋爪志保さんの『地上絵』という歌集に収録されています。これ、たぶん、京都のヨドバシのエスカレーターだと思います。「これほんまに必要?」ってくらい短いのがあって。
津村 京都でヨドバシは行ったことなかったな。京都駅は伊勢丹の大階段がとにかくすごくて、あれを見たときに「関西で一番都会はここや」と思いました。神聖というか、南アメリカ文化の祭壇に近い感じ。長堀鶴見緑地線の心斎橋駅もそれに近い感じありますよね。地上からホームまで五階層くらいあって、歩いていると巡礼に近い感覚になります。
岡野 長堀鶴見緑地線は東京で言えば大江戸線になるのかな。地下深いんです。最初に働いていた会社が長堀橋で、同期の子と毎日心斎橋駅の長い階段のところから帰ってたのを思い出します。

音楽という「豊かな体験」

津村 電車の短歌で、〈四人とも天才 弱冷車に移って続きから 四人ともが天才〉があるじゃないですか。これ、音楽聴いてるところで合ってます?
岡野 そうですね。最初はホームで「このバンドは四人とも天才やな」と思っていて、弱冷車に座って落ち着いて、「やっぱ四人とも天才やわ」ともう一回再確認するみたいな。
津村 音楽を聴きながら街をうろうろする人にとって、この短歌は本当にわかる。弱冷車の席はちょっと混んでるんやろな。音楽がなければイライラするかもしれないけど、音楽を聴くことそれ自体が幸福なので、怒ってない。そんな風景が浮かびます。
岡野 これ僕のイメージでは、聴いているのはザ・ストーン・ローゼズなんですよ。
津村 そうかなあと思ってました!
岡野 「イアン・ブラウンって歌下手やけど、でも逆に上手いよな」「ギターもやっぱうまいよな」「ベースもええな」とか。この感覚は、音楽がそばにある人なら、わかってもらえるかもしれないです。
津村 よくわかります。この「弱冷車に移る」という日常動作をしながら「四人とも天才」とか音楽のことを思っている感じ。自分の日常が言葉に固定されてるのが、すごく感動的だと思いました。
 音楽を聴いてると、もしかしたら普通の人がどうでもいいと思うようなつまらない風景でも底上げされる。そうやって底上げしないと生きていけなかったからそうしているところもあって、少し情けないけれども。私はずっと、音楽を聴きながら近所のスーパーとかをうろうろするのが好きです。
岡野 僕もすごく好きです。ほんとに普通の散歩道も音楽があるだけで変わりますもんね。最近、外の音も聴きながら歩けるイヤホンがあって、あれも最初つけた時感動しました。好きな曲をBGMのように聴きながら、街の音も聞こえるから。
津村 〈会いたくて会いにきたひとイヤホンのコードを指に巻き取りながら〉で、有線イヤホンを出してくれはったことも嬉しかったです。私はいまだ有線イヤホンユーザーなので。
岡野 僕は両方使ってますけど、有線好きです。ワイヤレスの方が技術的にはすごいんでしょうけど、なぜか有線の方が不思議なんですよね。線の中を音が通っているというのが。
津村 なんと言っても、充電せずに使えますしね。私はズボラやから充電することができない。いろんな人がワイヤレスイヤホンしてるのを見て、「充電できるなんてみんな几帳面やな」と思ってます。電車の中で横柄な若い男の子がワイヤレスイヤホンしてたら、「家帰ったら充電してるんや、本当はまめなんやな」と思うし、有線イヤホンをつけてる人がおったら、全然関係ない人でも「おおらかでいい人やろな」みたいに思ったりする(笑)。
岡野 僕もカバンに有線を一本は入れときたいです。ワイヤレスだと人が多い所とかで音が途切れるけど、有線は絶対聴けるから。
津村 私はカバンごとに有線イヤホン入れてますよ。安いし、iPod買ったらついてきたりもするから集まってくる。それをカバンごとに入れといたら、どのカバンで出かけても音楽が聴けてすごい安心する。
岡野 結局は有線が便利なんですよね。津村さんは今でも新しい音楽を探して聴いてるんですか?
津村 今も探してます。もう四十八歳なんで、これまで聴いてきた音楽だけで生きていこうと思えば生きていけるんですけど、〈夜の0時にNew Releaseの通知が届く〉じゃないですけど、Bandcampというインディレーベルの音源を買える音楽アプリから通知がくるんですよ。「みんなこれだけ曲をリリースしてるんやから、ちゃんと聴けよ」みたいに言われてる気がしますね。
岡野 ずっと新しい曲を聴き続けてますか? 会社で働いてる時とか聴かなくなりませんでしたか?
津村 なりました。就職活動の時は、「みんな職があるくせになにを不幸なふりをしているんだ」「私は不幸な死に方をした人の音楽しか聴かない」と完全にひねくれましたね。それまでは英語圏のバンドを聴いてたのに「就職の内定が取れない気持ちなんか、この人たちには絶対わからない」とか言って(笑)。その頃は、クラシックとイースタンユースばっかり聴いてました。それからYouTubeが薦めてくる音源を聴いたりして、数年に一バンド覚えるみたいな程度で過ごしてたんですけど、コロナ禍に家で聴く用と、外出用のイヤホンを分けて以来、また異常に音楽を聴くようになりました。Bandcampに登録したのもその頃です。
〈タワレコがまだある十一月にだけクリアに思い出せる街角に〉は、タワーレコードがどんどんなくなってることが背景にあるでしょ?
岡野 そうです。僕、心斎橋のタワレコとヴァージン・メガストアでCD買ってたんですけど、両方とももうなくなってしまいました。梅田大阪マルビル店もなくなりましたね。
津村 関西で音楽聴く人なら、どのタワレコを根城にしていたか話しますよね。ちなみに私はマルビルでした。天六で働いてたから、東梅田から西梅田まで歩く時の間に寄れたんですよ。
岡野 あそこもよかったですよね。ワンフロアだから見やすくて。
津村 それと、難波の無印良品の上にあった難波店もよく行きました。あそこももうないのかな。二十三時とかまで営業してたんですよ。二十三時までCDを買いたい人がいたんですよね。
岡野 僕の根城だったタワーレコード心斎橋店は、近くにディスクユニオンやレコード屋もあって、よくハシゴしてました。中でもタワレコは三フロアぐらいあって、インディーズのものもいいのが並んでたんですよ。二階が電子音楽で……とか、そういうのほんと覚えてます。このCDはあの店で買ったなとか覚えてませんか? 僕「このCDは第三ビルの地下の中古屋のあの棚や」とか、そこまで覚えてます。
津村 たしかに、CDは覚えてますね。今はBandcampでどんどんダウンロードして新しい曲を聴いてますけど、そういう感覚がなくなったのは寂しい。岡野さんが〈配信やサブスクが主流になる中で、製品として形のある音源は「フィジカル音源」と呼ばれるようになった。反射的に「身体」を想像するから、この呼び方はいまだにぴんとこない〉と書かれてますけど、音源ではなく、CDを買う行為こそが「フィジカル」ですよね。シチュエーションまで覚えている。
岡野 記憶してますね。それこそフィジカルだと思います。
津村 タワレコは店員さんのポップでもよくCDを買ってました。立って知らん音楽聴くのが嫌で試聴機は苦手なんですけどね。家で聴きたいと思ってしまう。岡野さんは試聴機使って聴いてました?
岡野 ヘッドフォンのイヤーパッドの合皮がボロボロの時あるじゃないですか、あれだけは嫌でした(笑)。それに僕もそんな長くは聴かないですね。聴く前からポップ読んだだけで買おうって決めてることが多かったです。
津村 タワレコのポップ文化いいですよね。「おすすめの曲 M2&M4」とか書いてあって。ああいうポップを書く店員さんは偉かったですね。
岡野 そう思いますよ。「今年最高のM8必聴!」みたいな。買って騙されたと思う時もあるんですけど、やっぱりお金を払ってるから、しぶとく聴く。そうすると結構良くなってくるんですよ。
津村 そうそう。こっちもお金を払ってるから、できるだけいいところを探すんですよね。そういう緊張感があったのかな。考えてみたら、ただCDを買うだけなんですけど、すごく豊かな体験だった気がします。ヨドバシも、タワレコも二十代から三十五歳ぐらいまでの原風景に近いですね。岡野さんの短歌で、両方をうろうろしていた自分が肯定されてるような気持ちになりました。ちなみに私が最後にタワレコで買ったCDはリヒテルのボックスセットやったと思います。十四枚で一四〇〇円台とかやったんですよ。
岡野 信じられへんぐらい安いCDありましたね、時々。
津村 ああいう物としての安さを感じることも今はもうほとんどないですよね。サブスクで聴く方がボックス買うよりお得なんでしょうけど、安いから買ってみるという体験はなくなってしまった。
岡野 関西の人しか言わないかもしれませんけど、安く手に入れられると「タダみたいな値段やったわ」とか言ってちょっと自慢する。それは「物があるのに、タダみたいな値段」と言うことであって、ネットで売ってるデータに対してそうはならない気がします。

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