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シーンを追い続けるフォトグラファーに聞く【国産アメリカンとチョッパー発展史】~後編

2気筒やVツインはもちろん、並列4気筒などなど、エンジンのバリエーションが豊かでユニークなスタイルの「ジャパニーズアメリカン」。これらはどのように発展してきたのだろうか? そして国産アメリカンを語る上で切っても切れないのが、「チョッパー」という強烈なカスタムスタイル。チョッパー文化が日本でどのように育まれ、国産アメリカンに関わってきたのか、そんなカルチャーに詳しいフォトグラファー、伊勢悟さんに話を聞いた。前回の前編に続く後編。

伊勢悟さん|1965年生まれのベテランフォトグラファー。中でもハーレーダビッドソンや国内外のチョッパーカルチャーに詳しいうえ、1990年代に数多く発行されたストリート系カスタム雑誌にも関わったことでも知られる。「ハーレーとチョッパーを一緒に考えている人が多いんだけど、個人的にはそれぞれまったくの別モノだと捉えているよ」

1988~1994年 国産アメリカンブームは「STEED」登場から始まったんだ

1988年にホンダから「STEED」、ヤマハから「XV400Virago」が登場すると、それまで“オジサンの乗り物”という印象が強かった国産アメリカンのイメージが変わって、若者たちが注目するようになった。その当時、彼らがイメージしていたアメリカンって、まさしく映画『イージー☆ライダー』のようなチョッパースタイルだったんだよね。リヤサスのないリジッドフレームを模したSTEEDは、まさにチョッパーの素材としてうってつけだった。その流れを受けてカワサキは「VULCAN」、ヤマハは「DRAG STAR」を出して、リジッドフレーム風モデルが増えていったんだ。

1988~1994年 マイナーだったチョッパーを、みんなが楽しめるようになった

1980年代中盤ぐらいまで、カスタムはワンオフで作ることが主流だったけれど、国産アメリカン人気を受けて、各社がSTEED用にボルトオンで取り付けできるカスタムパーツを発売したんだ。これによってチョッパースタイルが手軽に楽しめるようになると、それに目を付けたのが、“ゴローズ”のシルバーやアメリカンカジュアルなファッションに身を包んで渋谷界隈で遊んでいた若い子たち。バイク雑誌にはSTEED用のオリジナルパーツをズラ~っと並べたカスタムショップや用品店の広告がたくさん掲載されていたから、全国どこでも通信販売が可能だった。それもあって渋谷からやがて全国規模の人気へと発展していったんだ。ボルトオンでカスタムできるから、誰もがチョッパースタイルを楽しめたのは大きかったよね。

リジッド風のフレームを採用したSTEEDの登場によって映画『イージー☆ライダー』のような自然なシルエットも実現可能に。すべてボルトオンで再現できるのだから革命的だ。

リジッドフレームにスプリンガーフォークというフルカスタムSTEED。ミッションとエンジンが別体のハーレーとは違い、小ぶりなエンジンながら自然に搭載しているのはスゴい。

アルミ削り出しグリップやエグリ加工を施したタンクで大人っぽく仕上げられたSTEED。ドラッグレーサーをイメージさせるスポーティなカスタムも当時人気を集めた。

もちろんSTEED以外のカスタムも活発に。リジッドフレーム風スタイルこそ難しかったものの、ノーマルでもスタイリッシュなXV250Viragoは車検のない点から愛好家は多かった。こちらはそれをロングフォーク化した例でキレイにまとまっている。

単気筒エンジンの個性派LS400SAVAGEのカスタム。シングルならではのシンプルさと鼓動感あふれる乗り味で熱狂的ファンが多い。ロングフォークやフォークを寝かせるレイクツリーでここまでスタイリッシュな印象に変わる

“ハーレーに近づける”カスタムも人気に|ハーレーダビッドソンをカスタムのモチーフにするSTEEDユーザーも多く、ファットボブタンクを搭載したり、エンジンにダミーのプッシュロッドや同じくダミーのプライマリーケースカバーを取り付ける例も珍しくなかった。

配信元: Dig-it

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