1985~1987年 チョッパーはまだまだアンダーグラウンドな存在だった




「暗闇坂鼫鼠変化(くらやみざかむささびへんげ)」というグループが夜の駒沢公園に国産チョッパーで集まっていたんだけど、当時は規制が厳しくて、ウインカーを交換しただけで改造といわれた時代。警察の取り締まりも厳しかったから、そんなころにリジッドフレームのチョッパーに乗るなんて言語道断だよ。だけど、リジッドだろうと、海外で作ったものを輸入すると認証が取れたから、「チョッパーに乗るならハーレー」というのが当時の常識でもあった。でも高価すぎて無理。だから車検制度のない250ccクラスのビジネスバイクなんかを安価に買って、それを大改造する、というのが人気があった。そんな背景もあってチョッパーは知る人ぞ知るアンダーグラウンドな存在。当時、国産チョッパーに乗るなんて本当に不良行為そのものだったんだ。そんな時代、駒沢公園に集まっていたのは国産車ベースのチョッパーばかりで、中には上の写真のような気合いの入ったCBもいたりして、だからこそ個人的に国産ベースのチョッパーには思い入れがあるんだよね。

当時はカスタムに対する取り締まりが非常に厳しく、車検制度のない250ccクラスをベースにチョッパーを製作することが多かったという。上の写真のようなハードコアなスタイルを目指すなら、フレームそのものを改造してしまうためベース車両は何でもよかったともいえる。

この前衛的なチョッパーのベースモデルは何とスズキ「RG250Γ」。チョッパーがアンダーグラウンドな存在であったことを体現するかのような一台。取り締まりの厳しかった時代にこのようなチョッパーに乗ることは、不良行為そのものであったとか。

ホンダ「CB750」のエンジンをリジッドフレームに搭載した国産チョッパーが伊勢さんの愛車。4気筒ならではのエンジンの迫力、そして若いころに駒沢公園で見たチョッパーの衝撃が忘れられず、いまだ国産チョッパーを好む。
1985~1987年 デザインは変わってきたけれど、やっぱりオジサン受け…

メーカーがアメリカで人気があるものを研究してデザインに取り入れ始めたのは「REBEL」辺りからだと思う。とあるショップがウケ狙いで製作した「モンキー」ベースのチョッパーカスタムを東京モーターサイクルショーに展示したら、翌年に「JAZZ」が出たりとかもあった。それでも爆発的なヒットにはならなかったんだけど…。そもそも時代は“レーサーレプリカ全盛期”で、当時アメリカンを選ぶ人は本当に少なくて、とてもマイナーな存在だった。だからこそ「ラクチンなバイクに乗りたい」というオジサンに、アメリカンが選ばれていたんだろうね。極端な話、レーサーレプリカかビジネスバイク、そしてアメリカンという選択肢ぐらいしかなかったから。
