2025年、高円寺に誕生した『PHIL(フィル)』。オモチャで埋め尽くされた(FILL)と、やんちゃな男の子をイメージさせる名前(PHIL)などをかけ合わせて、この店名にたどり着いた。

一言しか話さなかった大学の仲間とはじめた。
Sakai(サカイ)さんは「今も鮮明に覚えている」という。
13年前、同じ大学で学部は違えど同級生だったKECHA(ケチャ)さんに何気ない雑談をふると、こう返された。
「『そんなの、俺に言われても』とつぶやかれて終わり(笑)。以来、大学の4年間を通して彼とは一度も話さなかったんですよね」
それを受けたケチャさんがフフッと笑い、ボソリと言った。
「そんなの、今言われても(笑)」
ただ今や毎日のように顔を合わせ、言葉を交わす仲だ。2人は高円寺の商店街でたった6畳のショップ『PHIL(フィル)』を2025年から営んでいるからだ。
レコードやバギーパンツを扱った店じゃない。アンティーク風の棚に並ぶのは90年代アメリカモノを中心にしたオモチャ。ただしダースベイダーやハルクみたいな“スター”はなし。「ホワイトハウスの地下に住むキマったネズミ」とか「下着姿のクリントン元大統領のぬいぐるみ」とか、「スヌープ・ドギー・ドッグ」みたいな、反骨心とユーモアをまとったクセの強いオモチャばかりを置く。そのヴァイブスにひかれた人たちが、あちこちから6畳に集う。
「セレクトはヒップホップからの影響が大きいんです」(ケチャ)
「実際、今は俺ら2人でラップもしているしね」(サカイ)

ずっと眺めていた、ステージに立ち続ける姿。
日本橋で料亭を営む父のもとに生まれたサカイさんと千葉県印西市の端で生まれたケチャさん。2人が多感な中学生だった00年代中頃といえば、日米問わず良質なヒップホップアーティストが続々表れた時期だった。そして各々の居場所でその音にヤラれ、同じ大学に進学したのち、2人は出会う。
「大学にヒップホップ好きが集まるコミュニティがあり、中野のクラブでライブの機会があったんです。ただ当時はそれぞれ別の人と組んでましたね」(サカイ)
MCをやりたい小さな野心を持っていたサカイさんだったが、うまくハマらず早々にステージから降りる。一方、聴くのは好きだったが、自分がラップする姿など想像もしなかったケチャさんはむしろ最初のステージからスイッチが入った。大学を卒業して一緒にクルーとなった友人が辞めて、たった一人になってもMCを続けた。
「子供の頃からオモチャ集めが好きで元々はインドア派。その反動か、自分を解放する喜びがたまらなかった」(ケチャ)
ロボット開発者を夢見ていた“研究肌”も功を奏したようだ。どんなフローが心に響くか。自分らしいリリックは何か。実験のように試行錯誤しながらステージでスキルを磨くことを、心底楽しめた。
その姿を客席から観ていたのがサカイさんだった。実は卒業後、同じ大手IT企業の別部署で働く同僚になっていた。ステージを挟んだ当時の二人は、まったく違う方向を見ていたわけだ。
「高校の頃に、父の料亭の経営が傾いて『安定した仕事に就くこと』が自分の目標になっていた。だからこそなおさら自分が降りたステージに立ち続けるケチャがめちゃくちゃかっこよく見えた。そして『俺もやっぱやりてえな』と我慢できなくもなってきて」(サカイ)
『今日遊ばない?』
子供みたいにケチャさんに声をかけた。もう一人の友人も誘って稲毛海岸辺りをまずドライブ。その足でサカイさんの家に集い、ノリで3人で曲をつくった。それをネットにアップすると、すでにプレイヤーとしてかましていた友達から「いいじゃん」と反応があった。アルバムをつくり、中野のイベントにも2人で出るようになった。
「『ニキルキャップス』の名で活動をし始めました。もう一度、ステージに立ち始めた」(サカイ)
「一人でやるより仲間とやるほうが楽しかったし」(ケチャ)
会社勤めとの二刀流がはじまった。やがてそれは三刀流になる。
