最新エンタメ情報が満載! Merkystyle マーキースタイル
脳トレ四択クイズ | Merkystyle
〈導入2ヵ月〉「自転車青切符」は本当に正義か…“113項目取り締まり”で母親と高齢者が追い詰められる理不尽

〈導入2ヵ月〉「自転車青切符」は本当に正義か…“113項目取り締まり”で母親と高齢者が追い詰められる理不尽

2026年4月に始まった自転車への“青切符”。「ルールを守れば問題ない」「危険運転を減らすために必要だ」──そんな歓迎の声が広がる一方で、現場からはまったく違う懸念も聞こえてくる。最も大きな影響を受けるのは、日々子どもを乗せて走る母親や、免許返納後に自転車を生活の足とする高齢者たちだ。113種類もの違反項目、現場警察官の裁量、そして整備されない道路環境…。この制度は本当に“安全”のためなのか。それとも、市民生活に国家権力が入り込む新たな入り口なのか。

厳罰化の問題点

2026年4月に導入された自転車への青切符制度によって、自転車に対する罰則が厳しくなった。表面上は交通安全を守るための正しい政策に見えるかもしれない。

過去においては、自転車の悪質な違反を取り締まるためには重い刑事手続きが必要であった。ゆえに、よほど危険な行為でなければ警察が直接的に罰を与えることは少なかった。権力を使うことに対して、一定のブレーキがかかっていたわけである。

しかし、青切符という行政罰が導入された結果、現場の警察官の判断だけで、極めて簡単に反則金を求めることができるようになった。

罰を与えるハードルを下げることは、国家権力が市民の日常的な移動手段に対して、いつでも簡単に口出しできる状態を作り出すことと同じである。

権力は使いやすくなればなるほど、必ず大きくなっていく性質を持っている。生活の隅々にまで警察の監視が行き届く社会は自由な社会とは呼べない。

「いかにして危険を避けるか」はどこへ?

罰則の強化に賛成する人々は次のように主張する。

「元々存在していた交通規則が明示的になり、違反に罰金が伴うようになっただけである。決まりを守ればよいのだから、何も恐れる必要はない」と。

一見すると筋の通った意見に聞こえる。しかし、現実の社会は紙に書かれた規則通りに完璧に動いているわけではない。

規則が明示的になり、罰金が紐付くことで、「規則を守ること」自体が自己目的化してしまう。人々は「いかにして危険を避けるか」ではなく、「いかにして警察官に捕まらないか」「面倒に巻き込まれないか」に意識を集中させるようになる。

一時停止の標識があれば、左右の安全確認よりも先に「足が地面に完全についたか」という形式的な動作ばかりを気にしてしまうこともある。

最も大きな影響を受けるのは誰か

路上の実態に合わない左側通行を強要されれば、大型トラックが背後から迫る恐怖に耐えながら無理な走行を続けることになる。

最も大きな影響を受けるのは誰かを考えてみたい。日々の買い出しや子どもの送迎に追われ、生活の足として自転車を手放せない母親たちである。あるいは、免許を返納して自転車に乗り換えた地方の高齢者たちである。

地方都市へ行けば、自動車で10分の距離にある店舗へ、健康維持も兼ねて20分かけて自転車で通う高齢者の姿は珍しくない。自転車は、免許を持たない人々にとって欠かすことのできない生活の足である。

朝早くからお弁当を作り、子どもを保育園へ送り届ける。休む間もなく職場へ向かい、夕方には慌ただしく迎えに行き、重い買い物袋を提げて帰宅する。雨の日も風の日も休むことなく、過酷な日常の中で、自転車はまさに手足の延長として機能している。

前後のカゴに荷物を満載し、時には子どもを乗せてペダルを漕ぐ。名もなき人々の懸命な日常的な営みを、数字と法律の枠組みだけで切り取り、犯罪者予備軍のように扱うのが青切符制度のありのままの形である。

現状の厳罰化は、自転車を手足のように使う庶民を狙い撃ちにする、理不尽ないじめに近い。自転車に乗る母親たちは常に警察の監視に怯え、周囲からの冷ややかな視線に晒されることになる。

社会全体が、弱い立場の人々に対して不寛容になっている証拠と言えるだろう。

提供元

プロフィール画像

集英社オンライン

雑誌、漫画、書籍など数多くのエンタテインメントを生み出してきた集英社が、これまでに培った知的・人的アセットをフル活用して送るウェブニュースメディア。暮らしや心を豊かにする読みものや知的探求心に応えるアカデミックなコラムから、集英社の大ヒット作の舞台裏や最新ニュースなど、バラエティ豊かな記事を配信。

あなたにおすすめ