相手に「骨のように硬い城」と言わしめた「コスト城」

チェコ共和国北部、「ボヘミアの楽園」として知られる地域にあるゴシック様式のコスト城は、13世紀に建てられ、その後2世紀にわたって拡張されました。
この城には一連の城壁と防御施設があり、中でも最も目立つのは「大白塔」です。
この塔の石材は白い色をしています。
また城内には礼拝堂、農場施設、さらには16世紀に建てられた醸造所まであります。
ある伝承によれば、15世紀にこの城の攻略に失敗した後、攻撃軍の指導者ヤン・ジシュカは、その城壁を「骨のように硬い」と評したといいます。
この話は創作の可能性もありますが、城の名前には今も「骨」が残っています。
チェコ語で「kost」は「骨」を意味します。
そしてこの城は、その歴史を通じて征服されなかったようです。
十字軍の城「シャトー・ペルラン」

シャトー・ペルランは、アトリット城の名としても知られる十字軍の城で、現在のイスラエル北部沿岸に位置しています。
1218年頃にテンプル騎士団によって建設されました。
シャトー・ペルランの最大の強みは、海に面した立地です。
要塞は地中海沿岸の岩場に築かれており、陸側から包囲されても、船で物資や兵員を補給できました。
これは包囲する側にとって大きな問題です。
海沿いにあるため船で補給を受けることができ、そのぶん包囲するのが難しい城でした。
ユネスコによると、テンプル騎士団は沿岸ルートを支配し、1187年の包囲戦で陥落したエルサレムを奪還するために、この要塞を建設したとされています。
要塞の城壁や塔の内側には、居住区や礼拝堂がありました。
シャトー・ペルランは一度も征服されませんでした。
しかし1291年、エルサレム王国が滅び、十字軍が聖地の大部分の支配を失った後、この城は退去され、放棄されました。
参考文献
Catapult the cow! 6 medieval castles that were never conquered
https://www.livescience.com/archaeology/catapult-the-cow-medieval-castles-that-were-never-conquered
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部

