私たちの太陽系の衛星は奇跡の1%をくぐっていた

今回の研究で新たに浮かびあがったのは——ほとんどの筋書きで、衛星たちが壊されてしまう、という現実でした。
すぐ近くを巨大な惑星がかすめるたびに、衛星たちの軌道は大きく揺さぶられます。
それまで穏やかに回っていた衛星は、たがいの軌道が乱れてぶつかり合い、あるいは軌道からはじき出されて、宇宙の闇へと消えていきました。
木星でも天王星でも、衛星が壊されずに残れたのは、1回の計算あたり15%にも届きません。
試した筋書きの大半で、衛星たちは無残に失われてしまいました。
なかでも、いちばん激しく壊されたのが天王星の衛星たちです。
天王星では、えり抜いた122通りの筋書きのうち、衛星が一度も壊れずに済んだものは、ごくわずかしかありませんでした。
理由は、その”立ち位置”にあります。
巨大惑星が窮屈に並んでいた時代、天王星はちょうど真ん中あたりにいました。
内側には木星と土星、外側には海王星、そして並びのどこかには、あの”余分な惑星”。
つまり天王星は、どの方向から巨大惑星が暴れ込んできても、まきぞえを食ってしまう場所だったのです。
研究者の言葉を借りれば、天王星はまさに「間の悪い場所に、間の悪いタイミングで」居合わせてしまった——というわけです。
とはいえ、いまの木星には4つの大きな衛星が、天王星にも5つの衛星が、ちゃんと寄り添っています。
では、私たちの太陽系は、どうやってこの破壊をくぐり抜けたのでしょう。
その答えを探るうちに、研究者たちは意外な事実に行き当たりました。
鍵をにぎっていたのは、あの”余分な惑星”の数でした。
シミュレーションには、最初に余分な氷惑星を「1つだけ」置いた筋書きと、「2つ」置いた筋書きがあります。
そして面白いことに、木星の衛星と天王星の衛星とでは、生き残りやすい筋書きがちょうど正反対でした。
木星の衛星は、余分な惑星が「2つ」あった筋書きで生き残りやすく、天王星の衛星は「1つだけ」の筋書きで生き残りやすい。
一方を立てれば、もう一方が倒れる——衛星たちの生存条件は、そんな「皮肉な綱引き」状態にあったのです。
だからこそ、木星と天王星の衛星が”両方そろって”無事に残った筋書きは、122通りの中でもほんの1〜2例——全体の1%ほどしか見つかりませんでした。
ありえたはずの組み合わせのほとんどで、どちらかの衛星が犠牲になっていたのです。
そして、その”両方無事”の1%には、興味深い捻れがありました。
2例とも、「余分な惑星が1つ」の筋書きだったのです。
これは本来、天王星の衛星に有利な条件——つまり天王星に味方する筋書きの中で、木星までもがたまたま運よく生き延びた、例外的なケースでした。
(研究チーム自身は、全体としてはむしろ”余分な惑星は2つ”だった可能性のほうを支持しています。そのほうが、木星にとっていちばん穏やかに済むからです。)
では、私たちの太陽系では、実際にはどちらが起きたのでしょう。
その決め手になるのが、木星の衛星たちのいまの姿です。
木星の内側の3つの衛星——イオ、エウロパ、ガニメデ——は、いまもきれいなリズムをそろえて回り続けています(ラプラス共鳴)。
この精巧な”足並み”は、いったん大きく乱れると、そろえ直すのは簡単ではありません。
だからこそ、それがいまも保たれていること自体が、「木星は深い接近を受けず、衛星を壊さずに済んだ」何よりの証拠になります。
いわば私たちは、すでに答えの半分を知っているのです——木星の衛星は、ほぼ無事だった、と。
そして木星が無事だったのなら、さきほどの綱引きの理屈からいって、しわ寄せは天王星に向かいます。
ここで知っておきたいのが、天王星という惑星そのものの”変わり者”ぶりです。
天王星は、自転軸がほぼ真横に倒れた「横倒しの惑星」として知られています。
その原因は、はるか昔、天王星に巨大な天体が激突し、惑星ごと横倒しにしてしまった——という大事件だと考えられています。
じつは、この”横倒しの衝突”のときにも、天王星の衛星たちは激しく揺さぶられたはずだ、と以前から指摘されてきました。
そこへ、別件となる大引っ越しの影響が、もう一撃を加えます。
こうして研究者たちは、ひとつの新しい見立てにたどり着きました。
天王星の衛星たちは、二つの大事件——はるか昔に惑星を横倒しにした巨大衝突と、今回見てきた大引っ越し——のそれぞれで、ばらばらに壊れかけるほど激しく揺さぶられた可能性が高い、というのです。
この惑星が太陽系の中で不遇ならば、そのまわりを回る小さな衛星たちは、もっと不遇でしょう。
そこで研究者たちは考えました。天王星の衛星のどこかに、この二度の大惨事の記録が刻まれているはずだ、と。
宇宙規模の「ひき逃げ」が衛星ミランダを作った

大混乱をくぐり抜けた”生き証人”——研究チームがそう注目したのが、天王星をめぐる小さな衛星、ミランダです。
ミランダは、天王星の主な5つの衛星のうち、いちばん内側を回る末っ子のような存在です。
直径はわずか470kmほど。私たちの月の7分の1にも満たない、小さな氷の世界です。
この衛星には、昔から不思議な点がありました。
ひとつは、その中身。
ミランダは、ほかの大きな衛星たちに比べて岩石の割合がおよそ2割しかなく(ほかの衛星は5割ほど)、その分、たっぷりと氷を含んでいます。
なぜこの子だけ、こんなに”氷っぽい”のか。
もうひとつは、その姿。 表面は、まるでいくつものかけらを無理やり継ぎ接ぎしたような、ちぐはぐで傷だらけの地形に覆われているのです。
実際、ミランダには太陽系でいちばん高いとされる崖「ヴェローナ断崖」があります。
高さの見積もりには幅がありますが、最大で20km級——地球のグランドキャニオンのおよそ10倍、エベレストよりも高い断崖です。
では、この”傷だらけの末っ子”は、どうやって生まれたのでしょうか。
研究チームの計算で見えてきたのは、少し意外な”ぶつかり方”でした。
衛星どうしの衝突といっても、その多くは、正面からまともに激突して一つに潰れるような派手なものではありません。
車の事故でたとえるなら、真正面から突っ込んで大破するのではなく、すれ違いざまに車体をこすりつけ合い、そのまま別々の方向へ走り去っていく、というものです。
衛星どうしも、そんな”かすめるような体当たり”を何度もくり返していたと考えられています。
そして、削れたり混ざり合ったりした材料の多くは、宇宙へ散らばるのではなく、やがて再び集まって衛星へと作り直されたのではないか、と研究チームはみています。
そのうえで研究者たちは、新しい仮説を提案しました。
この激しい”もみくちゃ”の連鎖こそが、ミランダの小ささや、風変わりな氷の多さを説明する鍵かもしれない、と。
あの大引っ越しの余波をまともに浴びながら、それでもなんとか姿をとどめた——ミランダは、その生き証人なのかもしれないのです。
現在これは研究者が提唱した仮説の段階ですが、もしこの見立てが当たっているなら——ミランダの傷だらけの姿そのものが、あの大事件の”手がかり”だということになります。

