安心・地域・人材がつながる「するスポーツ」の未来
性別や年齢問わずに気軽に参加できるのもショッピングモールランニングの魅力のひとつ館内ランが初心者の一歩を軽くする理由は明快だ。気候に左右されず、明るく、床がフラットで安全。特に運動習慣のない人や高齢者にとっても、屋外で走ることはリスクや不安が伴う。
「天候に左右されない、安定した安心・安全な運動環境を提供できる。運動習慣がない方や年配の方が外で走るのは危険性も伴うことがあるので、空調管理された環境で運動できるのはポジティブに捉えていただいています」
雪国など冬季に外で運動できない地域にとっても、屋内は運動習慣の“受け皿”になり得る。そしてモール側の反応も上々だ。大森さんによれば、運営側が価値として感じているのは「テナントが喜んでいる」点だ。
「テナントスタッフの方がお客さんと一緒に参加されたり、コミュニケーションのツールとしてもご利用いただいてます」
さらに、コミュニティをきっかけにモール内のスポーツ店で道具を揃えて運動を始める人もいるようで、「75%の方の来店頻度がコミュニティに参加したことで増えたというデータがあります」とのことだ。
加えて、この取り組みが地域創生的なのは、警備や運営スタッフを東京から派遣するのではなく、地元人材を起用している点だ。
「地元でコミュニティ運営をされている方やインストラクターの方に依頼しています。元アスリートで実業団で活躍されていたような方に、運営をお願いしているケースもあります」
ここには、イベントを通じて地域にノウハウと雇用が残る「地元優先・還元」の思想がある。「東京から人が毎回行くとコストになる。その負担が少ない方が、その分コミュニティ運営に当てられるし、より良く持続的なサービスが提供できる」
アスリートのセカンドキャリアについて、大森さんは「競技を辞めてからの人生の方が長い」と課題を語る。その上で、「するスポーツ」の重要性が高まる社会では、競技者が“広める側”の担い手になり得るという。
「するスポーツが求められるなら、それを広める役割の人たちは重要。競技者として極められた方のセカンドキャリアのポジションになり得ると思っています」
ただし競技力だけではなく、「第三者を行動変容させる発信力」や「汎用性のある伝え方」が必要になるとも指摘する。
現在の展開は、屋内のモールに限らない。アウトレットモール、デベロッパー、鉄道会社などとも既に取り組みがはじまっている。重要なのは「館内を走ること」ではなく、地域ごとに人が集まり、続く仕組みをどう設計するかだ。
最後に、走る魅力を大森さんに尋ねると、返ってきた言葉は「自己肯定感」だった。
「走る前って、正直面倒な時もあります。でも走ってみると“走ってよかった”と思わなかった日はありません。その成功体験によって自己肯定感が高まることにつながると思います」
ランニングにはセロトニンやオキシトシンの分泌によってストレスが軽減されるという科学的な効果もある。だが大森さんが強調するのは、それ以上に自分を肯定できる小さな実感。その積み重ねこそが、ランニングの魅力だという。
SNSを開けば、他人の成功や幸福が無限に流れ込んでくる時代だ。無意識のうちに相対評価で自分を測り、気づかないうちに疲れてしまう人も少なくない。そんな社会だからこそ「自分の力で自分を好きになれる瞬間」を持てることは、想像以上に大きい。
「ランニングは、いつでも、どこでも、誰でも、自分を肯定できる時間をつくれる。それってすごく重要なことだと思うんです。自分を好きでいられる人生ほど幸せなことはない。その入口としてランニングは気軽に取り組めるスポーツだと思います」
ショッピングモールを走るという一見ユニークな試みは、運動の機会をつくるだけではない。自分を取り戻す時間を、社会の中に増やしていく取り組みでもある。
PROFILE 大森 英一郎
1985年生まれ。神奈川県横須賀市出身。第84回箱根駅伝出走経験を持つ箱根ランナー。 2015年に株式会社ラントリップを創業。「もっと自由に、楽しく走れる世界へ。」をビジョンに年間400万人以上のランナーにリーチするサービスを運営。
text by Akihiro Ichiyanagi(Parasapo Lab)
写真提供:株式会社ラントリップ
