はたらく情報メディア『スタジオパーソル』が運営するYouTubeでは、仕事終わりの晩酌まで1日密着し、はたらく本音を深掘りする番組をお届けしています。
今回密着したのは、車椅子ユーザーでモデルとして世界を舞台に活躍する葦原海(あしはら みゅう。以下みゅう。)さんです。16歳で交通事故に遭い、両足を切断したみゅうさん。その過酷な運命をポジティブに受け止め、「ないものを数えない」生き方を発信し、多くの人の心を動かしています。
もともと「モデルになりたかったわけではない」と語る彼女は、なぜ表舞台に立ち、ランウェイを歩き続けるのでしょうか。みゅうさんの言葉には「やりたいことがない」と悩む若者の背中を押すヒントがつまっていました。
※本記事はYouTube『スタジオパーソル』の動画を一部抜粋・編集してお届けします
モデルになったのは「ランウェイを歩きたいから」ではない
みゅうさんは、車椅子モデルとして国内外で活動しています。パリコレクションをはじめとする海外のファッションショーにも出演するかたわら、企業や学校での講演、メディア出演など、活動の幅を広げ続けています。

国籍や年齢、障害の有無、AIなども含む多様性を尊重したファッションショー『elite Japan Fashion Show』では、羽が舞うようなドレスに身を包み、車椅子でランウェイへ。華やかな装いと堂々とした表情で、多くの観客を魅了しました。
福岡県で開かれた人権啓発イベントでは、トークセッションのゲストとして登壇。「自分らしく生きる」をテーマに自身の経験を語りました。講演後には、ファンの方々との交流も。

「いつもブログを読んでいます」「みゅうちゃんのために福岡に来ました」
そんな言葉に、みゅうさんは笑顔で応えていました。
華やかなステージに、ファンからの温かい声援。モデルとして輝かしい活躍を見せるみゅうさんですが、この仕事を選んだ理由を尋ねると、意外な答えが返ってきました。
「ランウェイを歩きたくてやっているんじゃないんです」
では、なぜ彼女は車椅子モデルとして人前に出る仕事を選んだのでしょうか。
16歳、両足切断。それでも「スッキリした」理由とは
みゅうさんの人生が大きく変わったのは、高校1年生のときでした。交通事故に遭い、両足を切断したのです。

事故に遭い、生死の境をさまよっていたみゅうさん。家族は病院で“娘の足を切断するかしないか”の選択を迫られます。父親は「切断してでも生きる可能性を高めるべきだ」と考えました。一方、母親は「切断したとしても100%助かる保証はない。それなら切断しないまま生存できる可能性に賭けたい」と葛藤します。それでも最終的には、少しでも生存の可能性を高めるため、切断する道が選択されました。
事故当日に両足はすでに切断されましたが、目覚めたみゅうさんに、その事実はすぐには伝えられませんでした。親と医師はみゅうさんが多感な時期をすごす16歳であることを考慮し、伝えるタイミングを慎重に見計っていたのです。
しかしみゅうさんは、ベッドで体を動かした際に上は病院着を着ているのに対し、足にはビニールや包帯のようなものが巻かれていることに違和感を覚えます。そのことを自ら主治医に尋ね、そこではじめて、正式に切断の事実を知ることに――。

切断の事実を聞いた瞬間の気持ちを、みゅうさんはこう語ります。
「スッキリしました。退院はいつなのか、リハビリはいつから始まるのか、看護師さんに聞いてもはっきりとは答えてもらえなくて。切断したと分かって、すべての辻褄が合ったというか。ああ、それならすぐには無理だなってちゃんと納得できたんです」
家族の葛藤とは対照的に、彼女は驚くほど冷静に、そして前向きに、自分の状況を受け入れていました。母親は今でも「切断という選択が正解だったかは分からない」と話しているそうですが、みゅうさんの表情に後悔の色はありません。

