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私が16歳で両足切断した理由。パリコレに立つ車椅子モデル・葦原海「それなら、納得できたんです」

私が16歳で両足切断した理由。パリコレに立つ車椅子モデル・葦原海「それなら、納得できたんです」

たった一つの「好奇心」が新しい道を見せてくれた

退院後、みゅうさんは特別支援学校へ転校して高校を卒業し、デザインの専門学校へ進学しました。そして専門学生時代に、ある転機が訪れます。知人から「NHKの番組内で行われるファッションショーに出てみないか」と声をかけられたのです。

私が16歳で両足切断した理由。パリコレに立つ車椅子モデル・葦原海「それなら、納得できたんです」

その番組は、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の開催が決まったことを受け、パラスポーツや障害のある方への理解を広げることを目的としたものでした。しかし、みゅうさんがこの話を引き受けたのは、「社会に貢献したい」といった志からではなかったと言います。

「出演を決めたのは『NHKの現場が見れるじゃん!』という好奇心からでした。テレビ番組がどうやってつくられているのか、その過程を見てみたかったんです。当時はモデルになろうという考えはなく、スタッフさんの動きとか、スケジュールの組み方とか、そういった制作の裏側ばかり見ていました」

しかし、ファッションショーが終わったあと、SNSに寄せられた反応を見て、みゅうさんは意外なことに気付きます。コメントのほとんどが、自分と同じように障害がある方や、その家族、福祉関係者からのものだったのです。

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「ファッションショーの本来の目的は、『障害のある人“に対する”理解を広げる』ことであったはずなのに、結局はほとんど当事者にしか響いていない。パラスポーツや障害について関心のない人たちにはあまり届いていないんだなって。正直、『これでは大成功とは言えない』と思ってしまって」

本当に伝えたかった相手に、伝わっていない。その現実を目の当たりにしたみゅうさんは、ある想いを抱くようになります。

「もっと、障害に対して興味のない人や身近ではない人の目にも触れるようにしたい。『こういう人間もいるんだよ』と自然に気付いてもらうために、自分が表舞台に立つ活動を続けていきたい——」

この出来事が、みゅうさんのその後の人生に大きな影響を与えることになります。

“当たり前の景色”になるために。目指すはドラマの「脇役」

専門学校卒業後、みゅうさんはテレビ局の子会社へ就職しました。編集チェックの仕事に従事する日々は、とても充実していたと言います。

「やりたいと思って入った会社でしたし、テレビ制作の裏側に触れられるのが本当に楽しくて。『こういう仕組みで番組ができているんだ』と、毎日が発見の連続でした」

しかし、専門学生時代の「関心のない人にこそ、障害のある人の存在を身近に感じてほしい」という消えない想いが、みゅうさんを再び突き動かします。だからこそ、テレビ局に入社すると同時に、モデル活動も本格的に始めました。

そして活動を続ける中で、みゅうさんはある大きな決断を下します。

「今の私は、有給休暇の中でしかモデルの活動ができていない。そのことに気付いたとき、『私はなんのために会社にいるんだろう』と思ったんです。本当はモデルとして世の中に伝えたいことがあるのに、自分で自分の範囲を狭めてしまっているなんて、自分に嘘をついているだけだって」

こうして、みゅうさんは会社を辞め、本格的にモデルの道へと進みはじめました。

現在、みゅうさんが活動する上で大切にしているのは、「さりげなく混ざる」という感覚です。

「普段の生活で障害のある方と接する機会がなければ、自然と遠い存在になってしまいますよね。でも私は、『福祉について勉強しよう』という堅苦しいかたちではなく、ファッションショーやSNS、楽しいイベントを通じて、ふと目に留まる存在でありたい。そういう何気ない接点が、障害のある人のことを知るきっかけになったらうれしいです」

今後の目標を聞くと、みゅうさんはこう答えました。

「ドラマに脇役で出たいです。シーンが学園ならクラスメイトの一人、オフィスなら車椅子の社員の一人、というふうに。みんなの『当たり前の景色に混ざっていく』のが目標です」

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