2026年5月28日、みんなの銀行はサービス提供開始から5周年という大きな節目を迎えました。日本初のデジタルバンクとして産声を上げてから、瞬く間に過ぎ去った5年間。その歩みは、これまでの銀行の常識を塗り替える、挑戦と革新の連続でした。
この記念すべきタイミングで、トップとしてみんなの銀行を牽引してきた永吉健一頭取に、これまでの5年間の軌跡と、これから描く未来についてインタビューを行いました。
聞き手:市原幸子(みんなの銀行 CXOオフィス note編集長 兼 広報)
「あっという間」に駆け抜けた、まるで我が子を育てるような5年間
――5周年という節目を迎え、今、どのようなお気持ちですか。インタビューの冒頭、そう問いかけると、永吉さんは少し目を細め、穏やかな表情でこう語り始めました。
永吉頭取:「『あっという間の5年間だったな』と、率直に感じます。みんなの銀行の設立構想から含めると10年ほどの時間が経っているのですが、その10年という時間軸で見ても、2021年にサービス提供を開始してからのこの5年という時間で見ても、本当にあっという間でした。日々、全力疾走でここまで来た、という感覚ですね。」
――その言葉から、片時も止まることのなかった激動の日々が伝わってくるようでした。しかし、表情に疲労の色はなく、むしろ確かな手応えと未来への期待がこちらにも伝わってきます。
永吉頭取:「とはいえ、5年という時間は、やはり一定の長さがあります。みんなの銀行も、この5年の中で着実に成長しているな、とその成長を感じることができています。
それは、たくさんのお客さまにご利用いただいていることに加え、『みんなの声がカタチになる』というサービスコンセプトに基づき、お客さまからいただいた『こんな機能が欲しい』『この銀行って、こうだったらいいよね』という声を、一つひとつ新しい機能として付け加えてきた結果でもあります。
本当に、我が子が5歳になるまでをそばで見守る親の気持ちに近いかもしれません。実際の子育てにおいても、5歳ぐらいまでが一番手がかかる時期であると同時に、日々の成長が何よりの喜びになる。今、まさにそんな気持ちですね。」
過去5年間の振り返り〜「デジタルバンク」という新たな物語の始まり
――日本初のデジタルバンクの船出は、まさにドラマチックなものでした。サービス提供開始初日、特に印象に残っている出来事を尋ねると、永吉さんの記憶は鮮明にあの日の夜へと遡ります。
忘れられない、サービス提供開始初日。社員総出で対応にあたった熱い一日
永吉頭取:「やはり、一番はサービス提供開始をしたあの日(2021年5月28日)。まだ世の中に公表する前、今まさにサービスの受け入れをスタートしようと思っていたところ、アプリストアに、みんなの銀行アプリが登録された瞬間にお客さまに見つけられてしまいました。SNS上で『みんなの銀行、口座開設できるよ!』という投稿が、瞬く間に拡散していったのです。
サービスが始まったのは真夜中でしたが、その瞬間から、私たちの想定をはるかに超える数のお客さまが一斉に口座開設を始めてくださったのです。
嬉しい悲鳴とはまさにこのことで、一時的に口座開設のプロセスにお時間をいただく状況となりましたが、それと同時に、私たちのサービスがこれほどまでに待たれていたのだと実感した瞬間でもありました。そこで、部署の垣根なく社員総出で、一丸となってお客さまをお迎えするための対応にあたりました。サービス提供開始の初日にして、忘れられない、私たちの熱量を象徴する一日となりました。」
――この日のできごとは、私たち自身、サービスが無事に始まった安堵感とともに、「これほど多くの方が待っていてくれたんだ」という喜びと責任の重さを、改めて実感する機会となりました。 そして、この時に自然と部署の垣根を越えて協力し合った経験が、現在の「ワンチーム」で物事を進める組織カルチャーの礎になっていると、今改めて感じています。
「ネット銀行」ではない。「デジタルバンク」という言葉へのこだわり
――今でこそ「デジタルバンク」という言葉は広く使われるようになりましたが、5年前はそうではありませんでした。みんなの銀行が日本初のデジタルバンクを掲げて誕生した当初、「地銀発のネット銀行」と報道されていました。
しかし、「そこには明確な違いがある」という永吉さんの強いこだわりのもと、私たちは「デジタルバンク」という言葉を使い、その価値を発信し続けました。
永吉頭取:「我々からすると、ネット銀行とデジタルバンクは明確に違うんだ、という想いがありました。そもそも、私たちは地銀発でもネット銀行発でもなく、全く新しい、日本で初めての『デジタルネイティブ』な銀行なのだ、と。そのことをずっと言い続けてきました。
そして5年が経った今、多くの銀行が『デジタルバンク』という言葉を使い始め、私たちの後に誕生した新しい銀行が『デジタルバンク』として紹介されたりするようになりました。
この5年間、『デジタルバンク』という言葉を掲げ、ビジネスを続けてきたことで、その存在や概念が、日本の世の中の人たちに、一つのカテゴリーとして根付いたのかな、と感じています。これは、この5年間の大きな成果の一つだと思っています。
私たちは、単に言葉を定義するだけでなく、新しい金融のあり方をカタチにして、市場そのものを創造してきたパイオニアである。その自負が、私たちの原動力です。」
狙い通りの顧客層。未来の日本を担うデジタルネイティブ世代と共に
――みんなの銀行は当初から、メインターゲットを「デジタルネイティブ世代」、つまり現在のZ世代やミレニアル世代に明確に定めていました。その戦略は、5年経った今、どのような結果に結びついているのでしょうか。
永吉頭取:「実際のお客さまの層を見てみると、まさにこのデジタルネイティブ世代と呼ばれる方々が、お客さま全体の約7割を占めています。そういう意味では、当初狙っていた顧客像と実際のお客さまの間にギャップは全くなく、完全にフィットしている。これも大きな成果だと考えています。」
――なぜ、この世代にこだわったのか。その背景には、少子高齢化が進む日本の未来を見据えた長期的な視点がありました。
永吉頭取:「既存の銀行のお客さまは、40代以上が7割を占める構成になっていることが多い。みんなの銀行は、それとは全く真逆の顧客層です。これは、少子高齢化が進む中で、今の若い世代が、あと10年もすれば日本の経済活動の主体、メインプレイヤーになっていくことを見越してのことです。
その、未来のメインユーザーとなりうる方々と、今、こうして繋がれていることは、我々にとって非常に大きな意味を持ちます。」
――銀行にとって、収益をもたらしてくれるお客さまの層が、既存の銀行とは異なる。それは、一見すると足元の収益性という点では課題に見えるかもしれません。
しかし、永吉さんは、これは「未来への投資」なのだと断言します。10年先、20年先に、日本経済の中心を担う世代のメインバンクとなること。それこそが、みんなの銀行が描く成長戦略の核心なのです。
――この戦略を裏付ける、象徴的なエピソードも語ってくれました。サービス立ち上げ前、様々な年代の方にテスト利用をしてもらった時のことです。
永吉頭取:「30代、40代以降の、既存の銀行サービスに慣れ親しんだ方々からは、『銀行のサービスにデザインなんていらない』『ドラッグ&ドロップでお金が動かなくていい』といった、厳しい感想もいただきました。
しかし一方で、10代、20代前半のZ世代の方々からは、『こんなサービス、見たことない!』『銀行って、こんなに使いやすくて便利なものなんだ』と、感動にも似たコメントをたくさんいただいたのです。
この反応には、本当に勇気づけられました。私たちがやろうとしていることは、間違っていないんだ、と。未来のお客さまとどう繋がっていくか、というコンセプトで作ってきた銀行が、まさにその未来を担う世代に受け入れられた。それを確信できた瞬間でした。」
370名超の多様な仲間たち。「インクルージョン&ダイバーシティ」という組織
――この5年間で、組織もまた大きな成長を遂げました。ゼロから始まった仲間は、今や370名を超える大所帯に。しかし、その内訳は、従来の銀行とは大きく異なります。
永吉頭取:「みんなの銀行の立ち上げ当初、新卒で入行して定年まで勤め上げるのが当たり前の銀行業界において、私たちの組織は異質でした。ゼロから全てを内製する、つまり、システムも、商品企画も、デザインも、マーケティングも、全て自分たちでやる。そのためには、従来の銀行員だけでは到底不可能です。様々な専門スキルやキャリアを持った仲間たちが、業界を越えて集まってくれました。
その結果、現在では、グループ銀行の出身者は3割を切り、7割以上が銀行以外での経験を持つメンバーです。いわば、最初から組織がダイバーシティの状態でスタートしている。だからこそ、社内で改めて『ダイバーシティ』を声高に叫ぶ必要はありません。
むしろ私たちが大切にしているのは、『インクルージョン&ダイバーシティ』。つまり、多様な個性が、みんなの銀行が掲げるミッション・ビジョンの実現という一つのベクトルに向かって、それぞれの能力を最大限に発揮できる『インクルージョン(包摂)』の状態をまず作ることです」
――多様な背景を持つプロフェッショナルたちが、同じ未来を見据えて集まっていること。この組織力こそが、私たちの成長の原動力です。
