週末のアリーナ。大歓声の中、コートで激しくボールを追うプロバスケットボール選手たち。華やかなスポーツエンターテインメントの舞台から一転、平日の養豚場で命の現場と向き合い、子どもたちと一緒に農作業にも汗を流す一人の現役Bリーガーがいる。千葉ジェッツに所属するベテラン、荒尾岳選手だ。
「『いただきます』の本当の重さを、僕たちは知っているだろうか?」
彼が立ち上げ、自ら主催者として取り組んでいる社会貢献プロジェクト「G.CREW」は、選手自身が生産現場に赴いて一次産業のリアルを学び、そこで得た「食と命の重み」を子どもたちに還元するという、極めて教育的価値の高い取り組みだ。 なぜ現役のトップアスリートが、自ら進んで土に触れ、命と向き合うのか。彼が子どもたちや地域と作り上げようとしている「新しい循環」について、荒尾選手に話を聞いた。
命と向き合う畜産の現場。「いただきます」の本当の意味
畜産の現場に向き合い、子どもたちに授業を届けてきた 写真提供:株式会社千葉ジェッツふなばし「G.CREW」の活動の中でも特筆すべきは、農業だけでなく「畜産」の現場にも踏み込んでいる点だ。現役のBリーガーが自ら養豚場に通い、青いツナギを着て命の現場と向き合う姿は、これまでのアスリートの社会貢献活動のイメージを大きく覆すインパクトがある。
子どもたちにとって「肉になる(命をいただく)」プロセスは、非常にセンシティブで伝えるのが難しいテーマでもある。荒尾選手自身、養豚場などの畜産の現場に足を踏み入れた際、大きな気づきを得たという。
「ただ『かわいそう』と思うのではなく、『いただきます』という言葉の本当の意味を知った感覚でした。私たちが普段口にしているお肉が、どれほどの手間と、命のやり取りの上に成り立っているか。その重みを実感したんです」
この「命の重み」を子どもたちにどう伝えるか。あまりに生々しい現実をそのまま突きつけるのではなく、絵やぬいぐるみを使って配慮しながら、それでも「かわいそう」で終わらせず「何が起きているのか」をしっかりと伝える工夫をしている。
現場で得た「命の重み」を、スライド写真を用いて子どもたちへ丁寧に伝えていく 写真提供:株式会社千葉ジェッツふなばし「『こうなんだよ』と教え込むのではなく、『どう思った?』と質問するようにしています。問いかけることによって、子どもたち自身に感じてもらうきっかけになればいいなと」
その思いは、参加した子どもたちに確実に届いている。イベント後のアンケートには、子どもたちや保護者の素直で真っ直ぐな言葉が並ぶ。
「自分たちが何気なく食べているものは沢山の人が関わって食べられていることが分かりました。食品1つ1つに感謝をして食べたいです。豚、美味しかったです!!」(中学3年生)
「養豚場の仕組みについて知ることができました。そこで育てられた豚を食べるという、生き物の命の大切さを改めて感じることができました」(中学1年生)
「最初は豚の姿から、私たちの口に入れる事に申し訳ない気持ちもでてきましたが、ムダにしない事が一番なのかと思いました」(保護者)
こうした命の授業の後には、みんなでお肉を囲んでいる。問いかけを通じた食育で、子どもたちとの距離も縮まり、自然と笑顔に。荒尾選手の問いかけは、子どもたちだけでなく保護者の意識も変える、深い学びの場となっているのがわかる。
なぜ自ら学ぶのか。「消費者」から「当事者」へ
インタビュー中、時折柔らかな笑顔を見せながら社会貢献活動への思いを語る photo by Yoshio Yoshidaなぜ荒尾選手はこうした社会貢献活動を行うに至ったのだろうか。その想いは、自身の原風景である富山の自然に深く根ざしている。
「生まれ育った富山には、海も山もありました。土の匂い、泥だらけになった汚い手、海のしょっぱい味……そういった記憶が鮮明に残っています。母の実家がお米やチューリップを作っていたので、子どもの頃からトラクターに乗せてもらったり、田植えや稲刈りに一緒に行ったりしていました」
長年千葉ジェッツでプレーする中で、社会貢献活動への関心は常にあったという。そしてアクションを起こそうと考えた際、真っ先に浮かんだのが「自分の好きな自然や食べ物を通じて、何かできないか」という思いだった。また、自身も親として子育てをする中で、「現代の子どもたちは、自然に触れたり、食の裏側を知ったりする経験が少ないのではないか」という課題意識が芽生えていたことも、活動への大きな原動力となっている。
それでも多くのアスリートが行う社会貢献活動は、用意されたイベントに「ゲスト」として参加する形式も珍しくない。しかし荒尾選手は、あえて自らが生産現場に足を運び、自ら学ぶというインプットの工程にこだわっている。
イベントの枠を超え、自ら生産現場に足を運んで農作業の苦労や喜びを肌で学ぶ 写真提供:株式会社千葉ジェッツふなばし「大人になるまで、農畜産や農業の裏側で何が起きているか、知識としてしっかり持っていたわけではありませんでした。だからこそ、まずは自分が学びたかったんです。命をいただく現場のリアルはもちろん、春に田植えをしてから秋の稲刈りまで、農家の方々が虫や暑さと戦いながら作っている苦労など、実際に行ってみないと分からないことばかりでした」
コートで戦い続ける荒尾選手。生産現場での学びは、アスリートとしての自身にも還元されている photo by Yoshio Yoshidaまた、農業で天候というコントロールできないものと戦う生産者の苦労を知ったことは、プロアスリートである荒尾選手自身のマインドセットにもポジティブな影響を与え、日々の食事に対する「感謝の解像度」を大きく引き上げたとも話している。
