
アメリカのカリフォルニア工科大学(Caltech)で行われた研究によって、ごくわずかな前提から、宇宙の万物を弦の振動で説明する「ひも理論(弦理論)」が数学的に導き出されることが示されました。
弦の存在を一切仮定していないのに、計算の底から弦理論の指紋が浮かび上がり、許される答えは弦理論型の数式ただ一つに絞られたのです。
論文では「ごく単純な仮定だけから弦理論が必然的に現れる」と報告されています。
では数式は、なぜ”弦”という答えを選んだように見えるのでしょうか?
そしてこれは、弦理論が「証明」されたことを意味するのでしょうか?
研究内容を記した論文は『Physical Review Letters』に「ほぼ無からの弦(Strings from almost nothing)」とのタイトルで掲載が決定しました。
目次
- 「すべては極小のひもの振動」これが弦理論
- たった4つの前提から弦理論が出現した
- 弦理論しか許されなかった
「すべては極小のひもの振動」これが弦理論

「宇宙にあるすべては、目に見えないほど小さな”弦(ひも)”の振動でできている」——ひも理論(弦理論)とは、そういう有名な仮説です。
私たちの体も、机も、空気も、細かくたどっていくと「原子」という小さな粒にたどり着きます。
その原子の中心には「陽子」などの粒があり、陽子はさらに「クォーク」というもっと小さな粒からできています。
ところが弦理論が語る弦は、その比ではありません。
物理学には「プランク長」と呼ばれる、「ここから先は”距離”という概念そのものが怪しくなる」とされる長さがあります。
その大きさは約 1.6 × 10⁻³⁵ メートル。
陽子と比べても、さらに約1垓(がい)分の1という小ささです。
弦は、まさにこのプランク長あたりの、想像を絶するスケールに潜んでいると考えられています(※厳密には多少ずれますが、”けた”レベルではほぼ同じです)。
そして、この小ささこそが、弦理論の正しさを確かめるうえで大きな壁になっていました。
科学では、仮説が正しいかどうかは、最後は「実験」で確かめられます。
たとえば「物体は本当に原子でできているのか?」という問いも、20世紀初頭、アインシュタインが理論で道を示し、ペランらの実験が「YES」と決着をつけました。
特に近年では、ナノチューブに閉じ込めたクリプトン原子が動くようすを、高エネルギーの電子線でリアルタイムに撮影するところまで来ていおり、視覚的にも「原子の粒が動いている」ことを実感できるようになってきました。

弦理論も、弦の存在を実験で直接とらえられれば「決着」がつきます。
ところが、プランク長ほどの弦となると、そうはいきません。
意外に思えるかもしれませんが、小さなものを見るには、大きなエネルギーが必要になります。
リンゴを見るだけなら、遠くの太陽が届けてくれる光(可視光)で十分です。
しかし原子を見るには、波長のうんと短い電子を使う「電子顕微鏡」が要ります(※電子には波としての性質があるのですが、その波長はかなり短くなります。)。
この”階段”を上ってみましょう。
さらに原子の中の陽子をのぞくとなると、粒子加速器のような巨大な施設が必要になります。
そして、弦が属するプランク長クラスの世界はさらにその1亥分の1の大きさです。
このレベルの小さなものを確かめられる加速器をつくろうとすると——なんと、銀河ひとつ分ほどの大きさが必要になる、と見積もられています。
電子よりも遥かに巨大なリンゴサイズの質量を量子的な波(物質波)として扱えるリンゴ顕微鏡のようなものがあれば、その波長は極めて短く弦が観測できるレベルに届きはしますが……それを弦の観測のために1点に集中するビームにしようとすると、狭い場所にエネルギーが詰め込まれ過ぎて「ブラックホール」になってしまいます。
つまり弦理論は、「正しいかもしれないけれど、人類にはまだ確かめようがない」理論なのです。
実験ができないのなら、もう打つ手なしだ……と思うかもしれません。
ところが、そうとも限りませんでした。
物理学者たちは、まったく別の角度から、この理論に切り込んだのです。
たった4つの前提から弦理論が出現した

物理学の偉大な発見の多くは、まず頭のなかで「美しい理論」を組み立て、最後に「では、これは現実と合うかな?」と実験で確かめにいくことで証明されてきました。
理論が先、検証があと、という順番です。
しかし今回の研究チームは、この順番をまるごと逆さまにしてみることにしました。
「弦があるはずだ」と最初に決めるのをやめ、代わりに4つの簡単な前提からを設定することから始めました。
最初の2つは「確率を全部足したら100%になる」(ユニタリ性)とか、「物理法則は誰にとっても同じ」(ローレンツ不変性)といった現在の物理学の基礎となるものです。
そこに条件を2つだけ添えました。
1つは「ものすごく高いエネルギーでぶつけるほど、粒子どうしはかえってぶつかりにくくなり、すり抜けていく」という条件(超軟性)。
もう一つは、同じルールを満たす答えのなかから、よけいな飾りのない”いちばんシンプルな形”を選ぶ、という条件(最小ゼロ点)です。
(※厳密には、基本としてユニタリ性・ローレンツ不変性と局所性・交差対称性などの整合性条件を土台に、追加として「超軟性」と「最小ゼロ点」の2つを重ねた構成です)
そのうえで「このルールだけを守るとしたら、いったいどんな理論が”許される”のだろう?」と問いかけました。
先に理論を決めず、最小限の前提から何が生まれるかを調べる手法(ブートストラップ)です。
感覚は、推理小説の犯人当てに近いかもしれません。
少ない手がかり(登場人物など)とルール(壁抜けやワープの禁止)から、論理だけで答えを1つに絞り込んでいくのです。
今回、その”当事者”は人間ではなく粒子でした。
また状況は「粒子同士がぶつかったとき、どう跳ね返り、どんな結果になりやすいか」です。
そしてこの設定から数式が何を語り出すかを、じっと見つめました。
すると、不思議なものが現れました。
数式は、「ある決まったパターンで、粒子の状態が次々に現れる」と告げたのです。
しかも、その粒子たちは、まるで階段のように規則正しく並んでいました。
一段のぼるごとに、少しずつ”重く”なり、少しずつスピンと呼ばれる量が増えていきました。
重さもスピンも、きれいに段階を踏んで増えていく——そんな”無限に続く粒子の階段”が、数式の中からひとりでに立ち現れたのです。
じつは、これこそ「ひも理論(弦理論)」の構造そのものでした。
弦理論では、この「振動の仕方」の一つひとつが、それぞれ別の”粒子”に対応すると考えます。
いちばんゆっくりした振動が、いちばん軽い粒子で振動が細かく激しくなるほど、重く、スピンの大きい粒子になるります。
これはバイオリンの絃と音の関係に似ています。
バイオリンの弦でも一本ぴんと張ってはじくと、まず「基本の音」が鳴りますがその上に、2倍、3倍……と規則正しく高い音が、いくつも重なって響きます(この上に乗る音を「倍音」と呼びます)。
たった一本の弦が、振動の仕方を変えるだけで、低い音から高い音までの”音の階段”をつくり出しているのです。
数式から現れた”粒子の階段”は、この弦の倍音と、そっくり同じ構造をしていました。
一本の弦が”音の階段”を生むように、一本の弦が振動を変えることで、軽い粒子から重い粒子までの”粒子の階段”を生み出す——それこそが、弦だけが残す”指紋”だったのです。
こうして、ごく単純な設定だけで、弦理論が数式の底からにじみ出てきたわけです。
研究を率いたカリフォルニア工科大学のクリフォード・チャン氏は、この瞬間を「弦は、ただ転がり落ちてきたのです」と言い表しています。
そして、さらに驚くべきことが待っていました。
弦は「現れた」だけではなかったのです——。

