家族が苦しんでいるのは自分のせい⁉
ひきこもって暴れる妹とは対照的に、坂上さんは小3からは休まず登校。高校では学年3位以内の成績をキープして、皆勤賞だった。
「妹のせいで家庭はぐっちゃぐちゃだったので、私は外で友だちと遊んだり、頑張る方に振り切りました。ちゃんと勉強して、しっかりした職業について、家庭を作り直さないと母親が死んじゃうと思って。
でも、そのころから、急に死にたくなったんですね。自分でも、なんで死にたいのか、なんで生きづらいのか、正直、わからなかったんですよ。
気持ちのやり場がなくなっちゃって、始めたのがカミソリで足首を切ること。でも、体育とかで靴下を脱ぐと見えちゃうから、切る場所を変えて、次は二の腕。その次は太もも。
当時あった匿名の掲示板にガラケーで悩みを書き込んで相談に乗ってもらい、どうにかこうにか自分を保っていました」
推薦で大学に進み、幼稚園教諭を目指した。自分が幼稚園児のとき、何をしても「美幸ちゃん大好きだよ」と言って抱きしめてくれた先生がいて、そんな存在になりたいと憧れたからだ。
大学での勉強は楽しく、一時は「死にたい」という気持ちもおさまっていた。
ところが、心理学などの勉強をして、自傷行為の背景にあるのは機能不全家庭だったとわかったことで、自分を責めるようになってしまう。
「私が学校に行けなくなったから、お母さんとお父さんを苦しめちゃって、妹も同じ道をたどったのかもって。勉強して理解が深まったことで、『全部、私のせいなんだ』って、関連づけちゃったんですね」
1本の電話で封印した性被害の記憶が……
ある日、テレビ番組でAさんという女性を知った。Aさんは生きづらさを抱える人の支援をしている。
坂上さんが「死にたい」と書いてメールを送ると、すぐに返事が来た。約束をしたのは毎日、空の写真を撮って、メールで送り合うこと。東京に住むAさんは、坂上さんが住んでいる地方都市にも会いに来て、話を聞いてくれた。
坂上さんが幼稚園で働き始めてからもAさんとの交流は続いた。
「普段の私は常に頑張りモード。家族を壊さないために、必死に必死に必死に頑張る。それが、年末年始の休みになると途切れて死にたくなっちゃうので、東京で過ごすのが毎年のルーティーンになっていました」
20代後半で幼稚園を辞めて上京。Aさんに支援の仕事を手伝って欲しいと頼まれ、「生きづらい人を支えたい」と思ったからだ。
両親には猛反対されたが、移住ではなく「しばらく、やりたい仕事がある」と言って家を出た。
相談員として働き始めて数週間後。坂上さんは「ついさっき、性被害を受けた」と泣きながら訴える女性の電話を受けた。
「訴えてくる感覚がリアルで、私が同じような被害を受けたときの感覚が、ぶわってフラッシュバックしちゃったんです。そのときの匂いだったり、気持ち悪さだったり、一気に襲ってきちゃって……」
坂上さんが小学校に入学して間もないころのこと。帰り道に後ろを付けてくる男性がいた。
「こんにちは。おじちゃんが飼っている犬の写真見る?」
男性は親しげに声をかけてくる。巧妙に坂上さんの警戒心を解いていき、ある日、男性は自らの男性器を出して「触って」と言った。
「これ何って、ただ怖くて、固まっちゃって。私の顔や体に大きくなった男性器を押し付けてくるとか、不同意性交等罪まではいかないけど、その直前っていう状態まで……。
しかも、『このことを大人に言っちゃうと、美幸ちゃんが警察に連れて行かれるんだ。お父さんにもお母さんにも会えなくなるから、絶対言っちゃダメだよ。また明日ね』と言って、何度もくり返すんです。
今考えると、私が学校に行けなくなったのは、それも影響していたのかなって……」
親にも言えないまま20年封印した記憶が突然蘇ったことで、坂上さんの人生は暗転する――。
〈後編へつづく『「また私は性被害に遭ったのか」…トラウマ治療中に“被害”を受けた30代女性の絶望と彼女を救った医師の“ある一言”』〉
取材・文/萩原絹代

