タトゥーを入れる施術は、医師免許がなければ犯罪になるのか? 2015年、大阪府警が「医師法違反」として、彫師への一斉摘発を行ったことをきっかけに弁護士の亀石倫子氏は「彫師という職業の存続」をかけた裁判の可能性を模索し始める。勝ち目が見えない中で、彫師たちはどんな決断を下したのか。
書籍『はじめての公共訴訟社会を動かす、私たちのツール』より一部を抜粋・再構成し、お届けする。
彫師に医師免許?
2015年夏、心斎橋に店を構える若者に人気のタトゥーショップが摘発され、数人の彫師が逮捕されたことを、小さな新聞記事で知った。
容疑は、医師免許がないのに客にタトゥーを施術した「医師法違反」。
「彫師に医師免許?」
事件の詳細はわからなかったが、違和感を覚えた。
それから1か月ほど経ったころ、3人の彫師が相談にやってきた。報道された心斎橋のタトゥーショップの彫師たちは、20日間勾留された後に30万円の罰金を支払って釈放されたが、その後も多くの彫師たちが大阪府警から任意の事情聴取を求められ、医師免許がないことを認めると、30万円の罰金を支払わされているという。
いずれの彫師たちも、客にケガをさせたり、危険な施術をしたわけではなかった。客から苦情が出ているわけでもない。むしろ彫師たちは、使い捨ての針や道具を用いるなど、衛生管理を徹底しているという。
医師免許を持っていない、ただそれだけで摘発されていた。医師免許を持っている彫師なんて聞いたことがない。常識的に考えても、彫師に医師免許を要求するなんてばかげた話だと思った。
相談に来た彫師のうち一人は「任意」の事情聴取を拒否しているが、もう一人はすでに聴取を終え、近々罰金命令を受けることになるだろうとのことだった。
「最初は、罰金払って終わるなら、と思ってたんです。でも、本当にそれでいいのか、って……」
「だって、犯罪者ってことになるじゃないですか、罰金払ったら」
「これからも仕事を続けていけるのか、隠れて仕事しないといけないのか、海外に行くしかないのかとかいろいろ考えて……罰金払って終わりってわけではないのかなって」
警察の事情聴取を拒否した彫師も言う。
「僕、この仕事で嫁とふたりの子どもを食わしてるんです。お父ちゃんの仕事が犯罪だなんて、絶対認められません」
私にとって、彫師という職業の人たちとの初めての出会いだった。
正直なところ、なんとなく怖い人を想像していたのだが、それはまったくの偏見だった。
彼らはまじめで、職人のようでもあり、アーティストのようでもあった。自分の仕事に誇りと情熱を持っていた。静かに淡々と話すが、その言葉には、今、直面しているあまりにも不合理な状況への戸惑いや不安、憤りが込められていた。
タトゥーとアートメイクは違うのか?
私は、2014年に京都で大規模な一斉摘発が行われたアートメイクのことを考えた。皮膚の浅い部分にインクを注入して眉やアイラインなどを描く施術で、メイクの手間が省けると女性に人気がある。
アートメイク事業者から相談を受けたことがあったので、2001年に厚生労働省が「針先に色素を付けながら、皮膚の表面に墨等の色素を入れる行為」は医師免許がないと行うことができない「医行為」であるとの通達を出し、その後全国で無免許のアートメイク事業者が摘発されていることを知っていた。
でも、タトゥーの彫師が医師法違反で摘発されたなどという話は聞いたことがない。なぜ今回はタトゥーなのか? タトゥーとアートメイクは同じなのか? 違うとしたらどこだろう。彫師たちの話を聞きながら頭の中でぐるぐる考えていた。
難しい裁判になりそうだ。勝ち目があるかどうか、まったくわからない。でもこの先、摘発され罰金を支払う彫師が増えたら、タトゥーの施術をするには医師免許が必要だということが既成事実になってしまう。
彫師が医師免許をとることなどまったく現実的でない。
彼らは無免許のまま隠れて施術し、見つかれば刑罰を受けることになる。最初は罰金だが、次は執行猶予付きの懲役刑、次は実刑と、刑罰はどんどん重くなるだろう。
医師がタトゥーの施術を行うとも思えないから、この国で合法的にタトゥーの施術を受けることができなくなる。彫師に医師免許を要求するということは、そういうことだ。
ふと、警察は彫師という職業をなくそうとしているのではないか、と思った。タトゥーは日本の社会で嫌われている。タトゥーを入れているだけで反社会的勢力のレッテルを貼られかねないし、温泉やプールでは「お断り」だ。
タトゥーなど日本の社会に存在しないほうがいいし、彫師がいなくなったとしても困る人などほとんどいない――。そんな発想が摘発の背景にあるのではないか。
嫌われ者を排除したって、彼らは少数者で、おかしいと声をあげても誰の耳にも届かない、彼らを応援する人もほとんどいないと侮っているのではないか。
怒りが沸々と込み上げてきた。

