人をひいたことに気づかないひき逃げ犯はいるか?
ひき逃げの罪に問われるかについてもうひとつ重要なのが、運転手が人をひいたという認識があるかどうかです。
しかし、軽い接触程度ならともかく、被害者が死亡するほどの大事故で、ひいたことに気づかないなんてことはあるのでしょうか。これまでの解剖の経験上、普通車ではまずありえないと思います。
ただ、大型トラックのひき逃げは「本当に人をひいたことに気づかなかった」ケースがあるのではないかと感じています。
巨大なトラックと生身の人間では、重量の差がありすぎて、ひいたりぶつかったとしても運転手は気づかないのではないか。もしかしたら人間がアリを踏んでも気づかない感覚に近いのかもしれません。
だからこそ、大型車によるひき逃げでは、最後まで「本当に人をひいたことに気づかなかった」と証言するドライバーが多い。
私が過去に解剖した事例では、こんなひき逃げ事件もありました。
ある大型トラックが、関西地方を走行中に自転車に乗っていた男性をひいてしまった。男性は自転車ごと車底部に挟まれ、火花をちらしながら400メートルほど引きずられたのち、振り落とされた挙げ句にその大型トラックの後輪に再度ひかれて死亡しました。
しかし、数時間後に東海地方の高速道路パーキングエリアで逮捕されたその大型トラックの運転手は、最終的には無罪になりました。運転手は一貫して「人をひいたことにまったく気づかなかった」と証言したためです。
普通車を運転している人であれば、「さすがに自転車ごとひいたらわかるのでは?」と考えるでしょう。普通車の感覚であれば、それが当然です。しかし、巨大な大型トラックであれば話は別です。
防犯カメラの映像や証拠をすべてさらっても、男性をひいたあとの運転手の行動は、あまりにも「通常どおり」でした。ひいた直後にブレーキをかけた跡もないし、その後も業務上のルートを走り、きちんと休憩も取っていた。運転手の行動からは、ひき逃げの自覚がある犯人らしさはまったく見当たりませんでした。
結果、「ひき逃げは故意ではなく、自覚すらしていなかった」という弁護側の主張がとおり、最高裁まで争っての判決は無罪となりました。
解剖は『答え合わせ』ができる
ごくまれにですが、ほかの専門分野の医師が法医学者に転身することもあります。
救急医だったBさんは、法医学の世界に鞍替えした経歴のもち主です。生命の危機に瀕した患者に緊急処置を行うことが多い救急医は、それこそ「死にゆく人」を数多くみる最前線のポジションです。
しかし、1分1秒を争う現場ですから、「救命できなかった患者」に関しては、立場上、死因を究明することまではできなかった。
Bさんの場合も、「結局のところ、なにが死因だったのかは不明だが救命できなかった」とのやりきれなさが積み重なったことが、死因の謎を解き明かせる法医解剖医になった動機の1つだったそうです。
救急外来には、さまざまな緊急症状の患者が運ばれてきますが、現場は常に「緊急事態」です。身体の中で大量出血している患者の場合、どこの血管が破れているのかを血の海の中でまず把握しなければならないのですが、それが難しい。
吸引しても吸引しても、出血源がわからず、失血死してしまうケースもあります。けれども、皮肉なことに死体となってしまえば、もはや処置を急ぐ必要はありません。
死体は出血しませんから、法医解剖医は溜まった血を拭き取り、ゆっくりと出血源を探し当てて、「なるほど、この血管が破れていたのか」と検証できる。
後日、救急医、司法解剖医、警察、消防が集まる症例報告会やカンファレンスなどで、「今後、類似の事故では、この血管に注意するといいですよ」とフィードバックをすることによって、各自の現場にも学びが還元されます。
救急医が解けなかった謎を、法医解剖医が探し出し、答え合わせができる。死体からわかったことを、生きている人間にフィードバックできる。これもまた法医解剖医の存在意義でしょう。
ちなみに、死体がおもな対象となる法医学ですが、中には生きている人を対象にしている「臨床法医学」という分野もあります。
臨床法医学に含まれるのは、児童虐待や性犯罪などです。虐待や暴力による損傷の原因や時期、治癒の見込みを法医学的に評価することで、裁判の証拠として使用されます。
海外では一般的な臨床法医学ですが、日本ではまだあまり体系的に確立されていないため、残念ながら積極的には行われていないのが現状です。
文/飯野守男 写真/shutterstock

