先日東京・巣鴨を訪ねた際に、豊島区を中心に店舗を展開する、ベーカリーレストラン「タカセ」を利用した。ここ、巣鴨店はグループで唯一パンの食べ放題を実施している。だが、4のつく日だけはこのサービスを行っていない。
というのは、巣鴨では毎月4の付く日に「巣鴨四の市」という、巣鴨地蔵通り商店街の縁日を行っているのである。それを知らなかった私(佐藤)は、なんで4の日はやってないの? と不思議に思っていた。
つまり四の市を知らなかったので、6月4日に訪ねたのである。巣鴨らしい素朴で和やかな縁日で、私は古い服飾雑誌を見つけ、服飾の歴史を知ると共に、親父の誂(あつら)えたジャケットの真の価値を知ることとなった。
・巣鴨四の市
タカセの記事を公開した後に、なぜ4の付く日にパン食べ放題を行っていないのかを読者の皆さんから教えて頂いた。先に挙げた通り、四の市がその理由である。そして、「ぜひ、四の市に行ってください」とのことだったので、直近の4の日(6月4日)に再び巣鴨にやって来た。
到着したのは13時すぎ。もしかして午前中がメインだったのかも。普段より人通りは多いけど、それほど混み合っている印象はなかった。
それでも普段は見かけることのない露店が続いている。お得品を物色する人で賑わっており、行列ができているところも。
並んでいる品をよく見ると、素通りできないほどお得な商品も少なくない。たとえばナッツ・ドライフルーツの露店では5袋1000円とある。これはお買い得なのではないかい?
営業中のお店でも縁日用の商品を店頭に並べており、せんべい屋さんでは3袋500円でワゴンセールしている。う~ん、こりゃ人が集まるのも納得。そのほかにも日用品やら雑貨、衣類などひと通りなんでも揃いそうだ。
通りを一巡したところで、私は易者さんに占ってもらうことにした。とくに迷いや不安ごとはないけど、人の良さそうなおじいさんだったのでお願いしてみることに。1000円と出ていたが、手相や人相を見るにはもう1000円、つまり2000円かかるとのこと。それじゃあと1000円札2枚を渡した。
さっそく鑑定していただくと、おおむね良好でとくに心配事はないそうだ。実際私は現在、深く悩むような心配事を抱えていない。その上で手相に関して、右手(後天的な運勢)に関して、「太陽線がもう少しほしい」と仰った。
それが何を意味するのかわからなかったので、帰って調べたら、成功とか名声に関するもので、これが濃くなると良いとされている。上手く行く要素はすでにあるのに線は薄いので、努力次第でもっと良くなる。そういう意味だったようだ。
それから50本の筮竹(ぜいちく)を使った易占いでは、「地沢臨(ちたくりん)」という卦(け)が出ているとのこと。これは、今後運気がどんどん上向いていくことを意味しているのだとか。私のことを「コツコツ積み重ねるタイプ」と観た上で、何をやるにも心配はいらないとお墨付きを頂いた。
ただ金銭面に関しては「大金持ちにはならないけど、困ることはないでしょう」とのこと。困らないのは何よりですが、もう少しゆとりがあると……。とはいえ、欲をかくべきではない。せっかく良いことを言って頂いたんだから、これで十分です、はい。
・当時の服飾事情
食べ歩きでもと思ったが、この日はあいにく食事を済ませていたので、露店の美味しいものはまた次回に。結局せんべいと、骨董や雑貨を売ってる露店で雑誌を買って帰った。
何か面白いものが載ってるんじゃないか? という軽い気持ちで買った『服装』と『洋装』という服飾雑誌。1冊100円だった。いずれもすでに廃刊になった服飾に関する情報誌だ。
服装は近代洋裁の母と言われる田中千代氏が監修し、1957年創刊の1974年に廃刊となっている。表紙の文言を見て驚いた。「全部製図つき」とある。もしかして掲載されている洋服は、全部パターンが載っているのか?
ちなみにこれは昭和37年(1962年)の12月号だ。私が生まれる10年も前の1冊。60年も経ているのに、紙の状態はかなりいい。
ページをめくると、最初に出てきたのは「日立ミシン」の広告。今ではミシンのある家庭はそう多くないかもしれない。だが、昔はどの家にも必ずあった。我が家にも足踏み式ミシンがあったのを覚えている。母が使っていた覚えはないが、もしかしたら、祖母から引き継いだものだったのかもしれない。
広告の下の方に「月賦(げっぷ)取扱店」の記載。クレジットカードが普及する前、ミシンや洗濯機は月賦(分割払い)で買うのが一般的だった。月賦といっても今の若い人はわからないだろうなあ。
それにしても、誌面のデザインが素晴らしい。この当時、印刷は多くの部分で人の手を要しており、写植やオフセット印刷を掛け合わせて雑誌を作り上げていたはず。今よりもはるかに膨大な時間と手間がかかっていたはずなのに、今よりもずっとクリエイティブだ。
そして後半に設けられた「パターンルーム」。ホントに誌面に登場した洋服のパターンが、細かく載っていた。これほどまでに緻密な内容が載っているのはなぜだろう? まさか、読者はこれを元に服を作ったのか?
そのまさかが実際に行われていたようだ。この頃(1950~60年前半)は今ほど既製服が普及しておらず、服と言えばオーダーメイド(注文服)かホームメイドが一般的だった。
60年代中盤頃から百貨店などでもレディメイド(既製服)が本格的に広がっていくのだが、当時は安物と見られていたために、オシャレ着は洋服屋で仕立てるという考えが主流だった。
都会の大手高級テーラーには、専属のパターナーがいたために最新トレンドを取り入れた斬新なデザインの仕立てが可能だったが、地方や一般家庭では服飾の情報すら乏しかったために、これら雑誌のパターンはトレンドの情報源として、大変重宝されていたのだ。
もう1冊の洋装もまた、地方のテーラーにとっては情報源であると共に教科書としての役割を果たしていた。こちらは「日本洋服学校」の校長蛭川鉄之助氏が中心となって創刊。プロの職人のための技術マニュアル誌として愛読されたそうだ。
残念ながらこちらもすでに廃刊となっている。今では誰もが知る通りに、既製服がファッションのメインストリームであり、スーツでも格安で仕立てられる時代。情報もネットで手に入るため、これら服飾誌はすでにその主要な役割を終えていると言わざるを得ないだろう。
こちらはテーラー向けの専門誌だけあって、業者の広告がたくさん載っている。今見るとモダンで斬新なデザインが素晴らしい。パソコンでデザインをしていなかった時代なのに、文字や色のキレが凄まじい。
もしかして「株式会社オカダヤ」とは、今はなき新宿アルタの並びにあるオカダヤでは!? 住所に「新宿駅前」とあるから間違いないだろう。60年も前から雑誌に広告を出していたとは、あらためてすごい会社だ。
意外なことに折り込みポスターが入っていた。このスーツのパターンももちろん掲載されている。
お! 目次が折りこみページになってる。あえて目次を折り込むところに遊び心を感じるなあ。
写真付きの裁縫解説、白黒でわかりにくい気もするけど、当時の読者たちはこれを食い入るように眺めて、その技術を学ぼうとしたに違いない。
こちらにも何ページにもわたってパターンが掲載されている。先の服飾よりもさらに緻密で丁寧な記述。プロが読む情報だから、より詳しい内容になっている。
後半には俳句コーナー。やっぱ雑誌にはこういう読者投稿がないとね。地味に楽しみにしている人も多かったはず。私も「週刊少年ジャンプ」のジャンプ放送局は必ず目を通してたものなあ。
そして編集後記的なところには、値上げのお知らせ。1954年から1冊100円を堅持していたそうなのだが、用紙などの原材料費高騰、印刷・製本など制作費の高騰によって150円にせざるを得なくなったと伝えている。いつの時代も割を食うのは真面目にモノづくりをしている人たちだ。時代が流れてもその様相は変わることがない。
