夫婦の片方が死を望んだとき〝自殺幇助と殺人未遂の境界線〟
夫婦のどちらかが死を望んだとき、もしくは伴侶の死を望んだとき。法的にどのような線引きがなされるかは、あまり知られていないようです。「同じ現場で夫婦ともに死亡していた事例」とは異なりますが、夫婦で死に向き合った事例を紹介しましょう。
次の2組のケースは、「自殺幇助」にあたるかどうかを考えてみてください。
1組目は自殺を希望した男を、女が間接的に手助けしたケースです。男女は法的な夫婦ではありませんでしたが、実質的には夫婦に近い内縁関係にありました。ある日、2人は車でホームセンターに出かけ、首を吊るための紐を一緒に購入します。
そのあと、ホームセンターの駐車場に停めた車中で、男は「じゃあ死んでくる」と女に告げたそうです。男の言葉を本気にしなかった女は、「じゃあそうすれば」と買った紐を手渡し、受け取った男はそのまま人目につかない建物の裏手に行き、首を吊って亡くなりました。
もう1組、内縁関係にあった男女が自宅でケンカになり、「死んでやる!」と激昂した男が首に自ら電気コー1を巻き、ドアの上部に引っ掛けて、首を吊って死亡したケースもありました。
首を吊った直後、コードが伸びて男の足先が床についたのをみた女は、「足が床についたら楽には死ねないだろう。完全に浮かさないと」と思ったそうで、男の足先をグッともち上げた。その後、男は落命しました。
どちらの男性も私が解剖を担当しましたが、これらの案件が自殺幇助にあたるのか否かを見極めるのは検事です。自殺幇助の線引きはどこかを担当の検事に尋ねたところ、「その行為によって死期が1秒でも早まった場合」との明確な答えが返ってきました。
それならば、紐を渡しただけでは自殺幇助にならないが、首を吊った男の足を自分でもち上げて浮かせた女は自殺幇助になるのでは? おそらく多くの人はそう考えるでしょう。
しかし、2つのケースはいずれも自殺幇助にはあたらないと判断され、不起訴になりました。首吊り用の紐を渡しただけでは2自殺幇助にはならない。こちらはほとんどの人が納得できるでしょう。
では、死を促すために床に付いていた男の足をもち上げた女は、なぜ自殺幇助にあたらなかったのか?
自殺幇助にあたらなかった理由
それは、その行動が死期を早めることには、まったく貢献しなかったからです。
よくよく考えればわかる話ですが、首を吊った状態の男の足を浮かせても、死期は早まりません。むしろ、首に巻きつけたコードにかかる体の重みは女が支えることになり、若干軽くなったはずです。
「このまま男に死んでほしい、死なせてやりたい」と本気で思っていたのであれば、彼女がすべきことはコードをさらにもち上げて首に負荷をかけるか、床を抜いて足を完全に浮かせるかのどちらかであるべきでした(いずれにせよ現実的ではありませんが)。
犯罪の構成要件には、「因果関係の有無」があります。女の真意にかかわらず、女の行動と男の死は因果関係にはなかった。これが不起訴の理由です。
もう1組、近い構図にある夫婦間の殺人未遂のケースを紹介しましょう。
ある妻が夫を殺そうと思い、手近にあったドライヤーで寝ている夫の頭を殴打しました。しかし、1発殴っただけで夫は起きてしまった。そこで、妻は警察に自ら通報し、「私は夫を殺そうとしたから殺人未遂で逮捕してくれ」と主張したのです。
この場合、死者は出ていませんが、警察から「一般的なドライヤーで殴って、人が死ぬことはありますか?」と質問を受けました。
これが包丁やハンマーであれば、当然のことながら殺人未遂になりえたでしょう。しかし、ドライヤーのように軽いプラスチック製のもので殴っても、人は死なないし、骨も折れません。
警察にそう伝えると、「やっぱりそうですよね。不能犯ですね」と返事がありました。不能犯とは、その行為では意図した結果(この場合は殺人)が得られない犯行のことを指します。
もちろん、警察もドライヤーで人を殴っても死なないことなど重々承知しています。それでも、法的な手続きとして専門家、この場合は法医解剖医がそう証言し、検事がそれを採用することに意味があるのです。
文/飯野守男 写真/shutterstock

