日本の年間出生数は、2024年に統計開始以来はじめて70万人を割り込み(※1)少子化が進んでいる。要因はさまざまだが、その一つが晩婚化・晩産化にともなう、「望んでも授かりにくい」夫婦の増加だ。
不妊治療クリニックで国内最大規模のネットワークをもつのが「にしたんARTクリニック」。2022年の開業からわずか3年あまりで全国に12院を展開し、2026年6月11日にはグループ13院目となる「名古屋栄院」をオープン。日本中どこでも不妊治療を受けられる“インフラ”の実現に向けて、着実に歩みを進めている。
今回は代表・西村誠司さんに、「名古屋栄院」開院の背景と、日本の少子化が抱える本質的な課題、そしてクリニックの具体的な取り組みについて聞いた。
医療人材不足の解決につながる、名古屋のハイエンドビルへの出店
──「名古屋駅前院」に続いて、名古屋で2院目となる「名古屋栄院」を、2026年6月11日に開院した背景を教えてください。
西村誠司さん(以下同) 私たちが目指しているのは、不妊治療を希望するすべての方が、気軽にストレスなく高度な治療を受けられる“インフラ”をつくることです。最終的には全国をカバーできる80院規模の展開を計画しており、とくに名古屋のような主要都市は、しっかりと展開しておきたいエリアでした。
不妊治療は、通院回数も期間も長くなりがちですし、そこから生まれるストレスは大敵です。だからこそ、通院の負担を減らすことが妊娠のしやすさにも直結します。そういう意味でも、名古屋栄院の立地はベストです。
今回、開院する「ザ・ランドマーク名古屋栄」は、駅直結で、雨の日に傘をさして長く歩くようなストレスもありません。同じビルにはレストランやショップが入っているので、検査結果を待つ時間をそこで過ごしたり、検査の前後に立ち寄ったりもできる。
しかも栄は名古屋の中心に位置し、複数の路線が集中しています。市内のどのエリアからもアクセスしやすく、「遠方の病院へ通院する負担」の軽減にもつながると思います。
──「ザ・ランドマーク名古屋栄」は地上41階建てで、世界的なラグジュアリーブランドが多数出店する、非常にハイエンドなビルという印象です。こうしたビルに不妊治療クリニックを構えることには、どんな意味がありますか。
一般的に「上場すると信用がつく」と言われますが、当社は非上場です。ただ、このようなビルに開院することは、ブランド力を高める重要な要素になると考えています。入居にあたっては厳格な審査が行なわれ、「ビルそのものがブランド」となっているからこそ、その中で診療していることが患者さまに対しても信頼の証明になるのです。
こうしたブランド強化は、人材の採用を進めるうえでも大きなアドバンテージになります。不妊治療の現場では、医師や看護師が業界全体で不足しており、人材確保は大きな課題です。
このビルへの出店を通じて経営の安定性を印象づけることができ、ひいては「人気エリアのランドマークで働ける」という点も含めて、採用面での魅力向上につながると考えています。
「夜の採卵ができない」理由…キャリアと治療の両立が課題
──起業からこれまでのキャリアを振り返ると、2019年の「にしたんクリニック」から「にしたんARTクリニック」へと事業を拡大。不妊治療とはかけ離れた業界からのスタートで、こうした事業展開に至った背景を教えてください。
根底にあるのは「社会の課題に対して、事業を通じてアプローチし、少しでも良くしていきたい」という思いです。僕はいま56歳なので、人生もあと3分の1ぐらいでしょうし、自分自身も不妊治療を受けたおかげで娘を授かれた実感があります。
だからこそ、最後の仕事として「命を生み出す」というテーマに真正面から向き合いたいと考えるようになり、不妊治療を通じて少子高齢化という課題に向き合うことに、自分の時間を使いたいと思いました。
──不妊治療の現場から見て、少子化の本質的な課題はどこにありますか?
「経済的な理由」がよく挙げられますが、一概にそうとはいえないと感じています。昭和以前の日本や、経済的には決して豊かではない国でも、子どもがたくさん生まれているケースはありますよね。 実際に不妊治療の現場に携わっていると、「子どもがほしいのに産みにくい環境」が大きな要因だと強く実感するんです。
まず、晩婚化によって不妊治療が必要なケースは増えていますが、そのなかで女性の負担の大きさを軽くする手立てがまだまだ足りないと感じています。とくにキャリアとの両立は大きな課題です。
女性の社会進出が進んでいる一方で、ほとんどの不妊治療クリニックは19時には営業を終了し、土日の診療時間も午前中だけというところが多い。夜に採卵(体外受精のために卵巣から卵子を取り出す処置)をしているクリニックは、まだ限られています。これでは、通いたくても通えない方が出てしまいますよね。
──現在、「にしたんARTクリニック」では平日22時まで診療されていますが、夜間に採卵まで行なうことは、他のクリニックではなぜ実現が難しいのでしょうか。
「にしたんARTクリニック」を創業する前はテクニカルな問題かと思っていたのですが、実は単にクリニック側の働き方の問題なんですよね。採卵を夜に行なうと、その後に採れた卵子の処理を胚培養士が担います。個数をカウントしたり、状態を整えたりする必要があって、採れる数は人によってバラバラなので、作業時間が読みにくい。
場合によっては処理が終わるころには終電もなくなるので、「そんな働き方はしたくない」という話になってしまう。けれど、本来は患者さまが病院の都合に合わせなければならない状況自体が問題だと思っています。

