元WBC世界ライト級王者でタレントのガッツ石松さん(本名・鈴木有二)が6月2日、肺炎のため都内の病院で逝去した。76歳だった。所属事務所・ガッツエンタープライズが11日に公表し、SNS上には驚きと惜別の声があふれた。
昭和のリングで「幻の右」を武器に世界の強豪を倒し、日本人初の世界ライト級王者として名を刻んだガッツさん。1974年に世界王座を獲得した際の歓喜のポーズは後に「ガッツポーズ」と呼ばれ、日本中に広まった。まさに昭和を代表するヒーローだった。
だが多くの人がガッツさんに親しみを感じたのは、リング外で見せた飾らないキャラクターだったかもしれない。
笑いを生んだ“ガッツ語録”の数々
というのも、ガッツさんといえば数々の“天然伝説”で知られる。
中でも有名なのが、「そこを右に左折してくれ」というエピソードだ。タクシーの車内で発した言葉として長年語り継がれているもので、「右なのか左なのか分からない」と多くの人を笑わせた。
また、「好きな数字は?」と聞かれて「ラッキーセブンの3」と答えたという逸話も有名だ。ラッキーセブンといえば本来は「7」だが、こうした独特の感覚こそがガッツさんらしさだった。
さらに、「うるさい!黙ってしゃべれ!」、「人生観が380度変わった」などの発言も、真偽を含めて“ガッツ伝説”として広く語られてきた。
テレビ番組などでは、「ディズニーシーを『デズニーAとBはどこにあるの?』と聞いた」といった逸話も紹介されたことがあり、その天然ぶりは昭和から平成にかけて多くの視聴者を楽しませた。
こうした語録やエピソードは、嘉門タツオ(旧芸名・嘉門達夫)やはなわの楽曲にも取り上げられ、世代を超えて親しまれてきた。
【関連】ガッツ石松「俺は挑戦者だもんな。倒すしかないんだ」~心に響くトップアスリートの肉声『日本スポーツ名言録』
迷言の裏に宿っていた“男の哲学”
もっとも、ガッツさんの名言は笑いだけではなかった。
1972年には池袋で乱闘事件に巻き込まれ現行犯逮捕されたが、際には、「チャンピオン認定書に、いかなる者の挑戦も受けなければならないと書いてある」と話したとされ、その豪快な生き方が話題になった。
この事件は後に正当防衛が認められ不起訴となったことでも知られている。
また、後年には、「負けることの嫌いな人間が、気持ちだけは誇り高き男が、芸能界でバカだ何だと言われながらやっててさ。なぜこういう社会に入ったかを証明したかった」と語っており、その言葉からはリングを降りた後も勝負を続けていた男の矜持がうかがえる。
