においだけは、絶対に嫌だった
僕は人より汗をかきやすく、夏になると自分のにおいが気になって仕方がありませんでした。以前、すれ違いざまに顔をしかめられたことがあって、それからは制汗スプレーが手放せなくなったのです。
真夏の野外フェスは、まさに僕にとっての鬼門でした。人とぶつかるほどの人混みで、汗が噴き出してくる。迷惑をかけてはいけない一心で、僕はポーチからスプレーを取り出し、首筋にも腕にも何度も吹きつけました。
これで安心だと、その時の僕は本気で思っていたのです。
「エチケットでしょ?」と返したけれど
スプレーを使い続けていると、後ろにいた女性に声をかけられました。
「すみません、スプレーを少し控えてもらえませんか」
やわらかい言い方でしたが、僕はとっさに身構えてしまいました。せっかく気をつかっているのに、なぜ責められるのか。僕は振り返って、「エチケットでしょ?」と言いました。さらに「汗のにおいよりいいでしょ」と重ねます。
自分のほうが正しいと、信じて疑いませんでした。けれどその声をかけてきた女性のとなりで、別のひとりがうつむいたまま、その場にしゃがみ込んでしまったのです。
