AIの普及が進む中、その影響は宗教界にも及んでいる。近年では戒名や法話の作成にAIを活用する事例が現れ、その是非をめぐる議論が活発化している。日本では高齢化に伴い死者数が増える一方、葬儀の小規模化や価値観の変化が進み、仏事のあり方も問い直されている。こうした状況のなか、AIは伝統や仏事のあり方にどのような変化をもたらすのか。本寿院と真宗大谷派正蓮寺の住職に話を聞いた。
「AIと戒名」に賛否両論…「戒名とは単なる漢字の羅列ではない」
AIに戒名を作らせてみたらどうなるか――『月刊住職6月号』(興山舎)で特集されたこのテーマに対して、SNSではさまざまな声があがった。
「AIで戒名をつくるのはいいんじゃないかなぁ」
「仏教の戒名料はズバ抜けて高いですね」
戒名とは、仏弟子となった証として授けられる名前で、本来は生前に授かるものとされるが、現在は葬儀などで故人に授けられることが多い。宗派によって「法名」「法号」などとも呼ばれ、菩提寺の住職に授与してもらうことが一般的だとされている。
高額な戒名料をめぐるトラブルも指摘されているが、急速に普及するAIは戒名とどう関わるべきなのだろうか。
東京都大田区にある本寿院では、安価で戒名を授与するなど、戒名を取り巻く問題の解決に取り組んでいる。YouTube「三休の戒名チャンネル」で発信も行なう三浦尊明住職に話を聞いた。
「私自身、日々の業務や記録においてデジタルツールやAIの恩恵を積極的に活用しているため、テクノロジーの発展自体を否定する立場にはおりません。
膨大な経典の知識や過去のデータから、法話の構成案を作ったり、受者の経歴にふさわしい漢字の候補を抽出したりするツールとして生成AIを活用することは、時代の自然な流れであり、一つの『作業の効率化』として有効だと受け止めています。
テクノロジーの進化が、仏教の教えに触れるハードルを下げるきっかけになるのであれば、それは歓迎すべき側面もあると考えております」
このようにAIの可能性を認める一方で、AIが提示するものは「アルゴリズムに基づいた単なる文字列」だと指摘する。
「そもそも戒名とは、『死後の名前』ではなく『生前に授かるもの』です。生前に戒律を授かり、仏弟子としてこの人生を歩んでいくという『人生の誓い』なのです。
この大前提をご理解いただければ、戒名とは単なる漢字の羅列ではなく、心の宿る証であることがお分かりいただけるかと思います。
AIがどれだけ進化したとしても、我が子の名前をAI任せにしないのと同じように、参考にしたとしても、我が子や我が弟子の将来を心から願いをこめた『証』であると思っております。
AIが効率的に作成した文字列を戒名と呼ぶこと自体、本来の意義からすれば議論が成り立たないものと考えています。
ご遺族の深い悲しみに対して共に涙を流し、『心と心の対話』を経て授ける祈りのプロセスこそが、僧侶の介在する意味ではないでしょうか」
「人間の僧侶にしか担えない領域は明確に存在します」
こうした議論が生まれる背景には、現代の葬儀を取り巻く環境の変化がある。
「葬儀が簡素化される中で、地域社会やお寺との繋がりが希薄になり、戒名が単なる『死後の形式的な名前』『高額な出費』と誤解されやすくなっていると感じます。
その結果、『形式的なものならAIが作った無料の文字列で十分だ』という価値観が生まれるのは、ある意味で必然かもしれません。
しかし、葬儀の形式がどれほど簡素化されても、大切な人を失ったご遺族の悲嘆の深さや、『安らかに眠ってほしい』という願いの重さは変わりません。
戒名の本質が軽視されがちな現状は、私たち僧侶が『寺とは何か?』『僧侶とは?』『戒名の本当の意義』を現代社会に十分に伝えきれてこなかった結果でもあり、深く反省し、改めて真摯に発信していく必要があると感じています」(三浦住職)
では、AI時代において僧侶に求められる役割とは何か。
三浦住職は、「仏教を身近にするための『優秀なアシスタント』」としてのAI活用は大いに進む」としつつ、「人間の僧侶にしか担えない領域は明確に存在する」という。
「先日、私が理事長を務めるNPO法人かけこみ相談センターの会議でもまさにこの話題が出ました。近年、悩み事を人ではなくAIに相談する若者が増えています。AIは的確な回答を提示し、決して相談者を否定しません。
しかし、その『否定しない回答』によって、かえって若者の思考が自死などの誤った方向へ進んでしまう危険性が議論されました。
その会議での結論は、『本当の救いというものは、人間の温かさが伝わることである』というものでした。
ご遺族のやり場のない怒りや悲しみを受け止め、迷いに寄り添い、御霊の安寧を人間としての全霊をかけて祈るという『魂の救済』は、血の通った人間にしか決して担えないものだと確信しております」

