日本の特定地域の気候、土壌、製法が生み出す「GI産品」は、農林水産省が登録・保護する、世界へ誇れる食のブランドだ。そのGI産品の食材(以下、GI食材)を、フランス料理界の巨匠ドミニク・コルビ氏が特別な料理へと昇華させ、人生の師と仰ぐフィリップ・トルシエ氏(元サッカー日本代表監督)氏をもてなした。食材が持つ本質的な価値と、次世代へ伝えるべき使命について、熱く語り合った。
「飛騨牛」「北海道米」などの「GI食材」
――まずは日本で32年間、自らの料理を高め続けてきたコルビシェフに、日本の「GI食材」について伺えたらと思います。
コルビ GI食材は、日本国内の特定の地域に由来し、農林水産省のGI(地理的表示)保護制度により地域の知的財産として保護された産品です。現在、「飛騨牛」「北海道米」「小笹うるい」など国内167産品が希少ブランドとして登録されています(※2026年3月25日時点)。
食材が育まれた土地の気候・土壌や、長い年月をかけて培われた伝統製法。これらが相まって生まれる特性を有する産品を、国がGIとして登録し保護しています。
トルシエ フランスにもAOC(国内制度)やPDO(EU制度)などと呼ばれる同様の仕組みがあり、その根底にあるのは「テロワール」という考え方ですね。
コルビ そうですね。テロワールとは、ある土地が持つ気候、土壌、地形といった自然条件と、そこに生きる人々の知恵や技が結びついて生まれる、いわば、その土地固有の「アイデンティティ」です。
トルシエ これはワインの世界で知られる言葉ですが、チーズやバター、野菜に至るまで、あらゆる食に通じる哲学だと思います。
コルビ GI食材は、まさに“日本版テロワール”の産物ですね。
トルシエ 私もそう思います。フランスでも最近、日本の食材は品質が高いと評判になっています。フランスの洗練さと日本の高品質が合わさると、最高のものが生まれますね。
――今回コルビ氏には、来日したトルシエ氏を迎えるにあたり、GI産品を使った料理を準備いただきました。メニューを紹介いただけますか?
コルビ メイン、付け合わせ、デザートのメニューを組み立てました。それぞれに使用したGI食材9品と共に紹介します。
【メイン料理】「飛騨牛ロースト、うるいソテー」
1.飛騨牛(岐阜県)、2.鹿児島の壺造り黒酢(鹿児島県)、3.青森の黒にんにく(青森県)、4.小笹うるい(山形県)
【付け合わせ】「リゾット 白みその鮮やかなアクセント」
5.北海道米(北海道)、6.サヌキ白みそ(香川県)、7.豊橋花穂(愛知県)
【デザート】「干し柿 黒糖シロップ、白みそクリーム添え」
8.市田柿(長野県)、9.沖縄黒糖(沖縄県)※2.鹿児島の壺造り黒酢、6.サヌキ白みそも使用。
――まずはメインから、詳細をお願いします。
コルビ メイン料理は、「飛騨牛」のローストと「小笹うるい」ソテーです。私は岐阜県高山市から飛騨高山大使を拝命したことがあり、飛騨牛は何度も向き合ってきた特別な食材です。大自然の恵みを受けて育てられた肉質は非常に柔らかく、口いっぱいに豊かなうま味が広がります。
今回ご用意したのは、黒毛和牛A5等級サーロインのブロック。前日から肉の繊維と脂の状態を見極め、最適な温度・水分管理のもと、周囲を綺麗に切り落としました。これにより、肉本来の美しさとうま味を最大限に引き出しています。
トルシエ 肉の色合いが実に綺麗で、迫力がありますね。
コルビ 次に、肉の切れ端を「鹿児島の壺造り黒酢」や玉ねぎと合わせ、じっくり煮込んで特製ソースを作りました。黒酢は、屋外に並べた壺の中で太陽と微生物の力で発酵・熟成されたもの。このソースには、まろやかな酸味と深いうま味があり、和牛の美味しさをさらに引き立てます。
和牛は調理の際、肉に負荷をかけない火加減で焼き上げました。表面は香ばしく、中は柔らかくジューシーな、最高に美味しいローストでお届けします。
和牛とうるいの斬新な組み合わせ
トルシエ 素晴らしい!肉本来のうま味が凝縮されているのですね。「小笹うるい」の調理のポイントは?
コルビ 山形の豊かな自然で育まれた「小笹うるい」は、白い茎が長く、強いぬめりとシャキシャキとした瑞々しい食感、ほのかな甘みが特長です。今回は生の状態のものと、バターで炒めたものを織り混ぜています。和牛ローストと一緒に、口の中で食感とうま味が重なり合います。
トルシエ 和牛とうるいの組み合わせは斬新です。「青森の黒にんにく」は香辛料として使ったんですか?
コルビ そうですね。青森で育った大玉の白いにんにくを、高温・高湿で約1カ月熟成させることで黒くなります。ドライフルーツのような甘みとコク、驚くほど柔らかい食感が特長です。
ともに熟成された「青森の黒にんにく」に「鹿児島の壺造り黒酢」を加えて練り込んで黒のペーストを作りました。深いコクとまろやかさ、柔らかな一体感が生まれ、和牛とうるいの美味しさを格段に高めます。
――トルシエさん、召し上がっての感想をお願いします。
トルシエ (試食して)これは……飛騨牛とうるいが口の中でとろけて絡み合い、優雅なうま味と香りがふわりと広がりますね。ひと口含んだ瞬間、まるで時間が止まるような感覚です。ペーストの深みある酸味が、和牛の脂の甘さをぐっと引き締めて、美味しさをさらに高い次元へ押し上げています。
コルビ うるいは和牛を引き立てながら、皿全体に季節感と奥行きをもたらします。この春の山菜があることで、料理に生命感が宿ります。
トルシエ なるほど。素材ひとつひとつに役割があり、無駄がないですね。
――続いて、リゾットはいかがですか?
コルビ 「北海道米」は世界的にも珍しい寒冷地で誕生した日本を代表する米で、抜群のうま味、甘みと粘りが特長です。炊き立てのご飯に、鶏肉のブイヨンを加え、うま味と甘みのアクセントを高めるために「サヌキ白みそ」、生クリーム、パルメザンチーズを付け足してリゾット風に仕立てました。
トルシエ お米と白みそのリゾットとは、面白い組み合わせですね。
コルビ 「サヌキ白みそ」は、米・大豆・塩を原料に短期間で熟成させたもので、なめらかで透き通るような輝きを放っています。上品な甘みと滑らかな舌触りがあり、白みそがお米本来の美味しさを際立たせています。塩味と甘みのバランスが絶妙で、深い香りが漂う格別なリゾットとなります。
トルシエ 上に飾られた花穂も、実に瑞々しい。
コルビ 「豊橋花穂」は鮮やかな彩りと爽やかな香りが特長で、食材のうま味を引き立てます。リゾットの白色に花穂の鮮やかさが美しく映え、一皿に上品な立体感を与えます。日本のおもてなしの精神と洗練された季節感。このふたつを一輪の花穂で表現できるので、GI食材に底力を感じますね。ぜひ、和牛のソテーと合わせてどうぞ。

