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「ミニ宇宙」内部で時間の始まりの観測に成功──時間が「湧き出す」仕組みが判明

「ミニ宇宙」内部で時間の始まりの観測に成功──時間が「湧き出す」仕組みが判明

「ミニ宇宙」で宇宙の始まりと終わりを再現

Credit:Canva

ビッグバンとは、宇宙の空間そのものが極めて小さい状態から膨張を始めた出来事です。宇宙には「サイズ」を表す指標があり、ビッグバンの直後、この「サイズ」を表す指標は急速に大きくなりました。宇宙が膨張したのです。

もし宇宙がいつか膨張をやめて収縮に転じるなら──これはビッグクランチと呼ばれる仮説ですが──「サイズ」を表す指標は今度は小さくなっていき、最終的に宇宙は潰れてしまうことになります。

研究ではこの過程に似た構造を、ミニ宇宙の中で模擬しました。

実験では原子の塊は容器の中を振り子のように揺れ動いており、最初は見えない側の部屋に寄った状態でスタートします。

しかしある瞬間、原子が仕切りを越えてコッチ側に流れ込み始めます。

観測できない領域から原子が越境し、エントロピーの交換が始まり、それと同時にコッチ側の時間が動き始める──先ほど述べた「時間の誕生」と「ビッグバン」が重なる瞬間です。

さらにそれに伴い、コッチ側の「サイズ」(原子の広がり具合)は膨張中は大きくなり、収縮中は小さくなります。

このミニ宇宙の寿命──ビッグバンで生まれてからビッグクランチで消えるまで──は、わずか100ミリ秒ほどしかありません。

まばたき1回の半分にも満たない時間のうちに、宇宙は誕生し、膨張し、収縮し、消滅していくのです。

一見すると、境目の向こうから原子が流れてきただけで「だからどうした?」と思うかもしれません。

しかし研究者がコッチ側にどれだけの「中身」があるか、原子の塊がどれだけ広がっているかを、ビッグバンの過程に当てはめて計算したところ、その式が宇宙論のミニ超空間モデル(宇宙を単純化した模型の方程式)とよく似た骨格を持っていることが判明したのです。

実験で見えた原子たちの動きは「原子の重心」と「原子の広がり」といった変数で示されますが、宇宙論の「宇宙の中身」と「宇宙のサイズ」に書き換わり、足し算の位置も掛け算の位置も変数の関係の仕方までもほぼ同じになっていたのです。

コッチ側の世界が膨張を始める瞬間を「ビッグバン」と呼ぶことは、誇張しているのではなく、数学的構造にもとづいたものだったのです。

これはビッグバンの始まりかたにも関係します。

見える側の住人は、見えない側のことを知りません。

しかしある瞬間、観測できない領域から原子が流れ込み、時間が動き、世界が広がり始めます。

何もなかった場所に物質が現れ、広がり始める──私たちの宇宙のビッグバンもまた、極限的に小さく高密度だった状態から空間が膨張を始めたという点で、この「膨張の始まり」という構造を共有しています。

ミニ宇宙で起きていたのは、これと似た構造です。

空っぽだったコッチに原子が現れ、世界が膨張していく。やがて膨張のピークを迎えると、今度は原子が見えない側へ戻り始め、コッチの世界は縮んでいく。そしてついには、再び何もない状態に戻る。

見える側しか知らない住人にとっては、まるで無から世界と時間が出現したかのような印象になるでしょう。

見える側だけを観測している限り、その知識には必ず「抜け」があることになります。

この見えない部分の情報が欠けることによる「不完全さの度合い」も、物理学でいうエントロピーで示すことができます。

しかし「エントロピーの変化を時間と呼べる」というだけでは、まだ半分です。

本当に「自前の時間」が物理学的に通用するなら、それを使って未来の予測ができなければなりません。

量子力学には、「いまこの状態なら、次にどうなるか」を予測するための基本方程式(シュレーディンガー方程式)があります。

天気予報が明日の天気を予測するように、この方程式は量子の世界の「次の瞬間」を予測する道具です。ただし、この道具は通常、外部の時計が刻む時間を前提にして動いています。

バロンティーニ教授は、この方程式の中にある「外の時間」を、自前のエントロピー時間にまるごと入れ替えました。もし自前の時間が「偽物」なら、予測はズレるはずです。

結果は、一致しました。

外の時計がなくても、物質の変化から生まれた自前の時間だけで、量子力学の予測は正しく動いたのです。これは「時間が宇宙のデフォルト設定でなくても、物理学そのものは壊れない」ことを意味しています。

では、このエントロピーのやりとりが完全に止まったとき──時間はどうなるのでしょうか。

「始まりの前」に時間はなかった

「始まりの前」に時間はなかった
「始まりの前」に時間はなかった / Credit:Canva

もうひとつ、この「ビッグバンとビッグクランチ」の話から引き出される、とりわけ深い含意があります。

実験データを注意深く見ると、ビッグクランチでミニ宇宙が収縮しきってから次のビッグバンが始まるまでの「すき間」の期間、コッチとアッチのあいだでエントロピーの交換がまったく起きていませんでした。

時間が生まれるためには、「見える部分」と「見えない部分」のあいだでエントロピーがやりとりされている必要がありました。やりとりが止まれば、時間も止まります。

つまり、この内部時計で見る限り、サイクルとサイクルの”あいだ”では時間が流れていなかったのです。

これは推測ではなく、エントロピー時間という物差しで見れば、実験データから読み取れる結果です。

この結果は、私たちの宇宙のビッグバンについても長年議論されてきた問い──「ビッグバンの”前”には何があったのか」──に対して、ひとつの可能性を差し出しています。

もしこのミニ宇宙と同じ原理が私たちの宇宙にも当てはまるなら、「前」という問い自体が意味を持たないのかもしれません。

なぜなら、時間そのものがビッグバンとともに──正確には、宇宙が「見える部分」と「見えない部分」に分かれ、そのあいだでエントロピーのやりとりが始まったその瞬間に──生まれたのだとすれば、ビッグバンの「前」に時間は存在せず、したがって「前」という概念そのものが成立しないからです。

「ビッグバンの前に何があったか」と問うことは、「北極のさらに北には何があるか」と問うのに似ています。

北極は「北」の端であり、それより先に「北」は存在しない。同じように、ビッグバンは「時間」の端であり、それより先に「時間」は存在しない。

もちろんこれは、ミニ宇宙というアナログ系で得られた結果です。

研究者自身もこれで私たちの宇宙の時間やビッグバン、ビッグクランチがわかったとまで断言していません。

それでもこの実験が示してみせたのは、「ビッグバンの前に時間がない」という考え方が、抽象的な哲学の議論でもなく、黒板の上の数式遊びでもなく、実験室で目に見える形で再現しうるものだということです。

この小さな宇宙の内部時計では、「始まりの前」の目盛りは刻まれませんでした。始まりとともに時間が動き出し、終わりのあとに時間は止まったのです。

バロンティーニ教授は今後の展望として、この手法をより複雑な系へと拡張し、ビッグバンやビッグクランチの物理をさらに詳しく調べたり、実験室の中でブラックホールを模擬したり、宇宙が「特異点」で本当に潰れるのか、それとも量子力学的に跳ね返るのかを検証したりできる可能性があると述べています。

「時間とは何か」。この問いへの答えは、巨大な望遠鏡でもなく、巨大な加速器でもなく、実験室の片隅に浮かぶ極低温の原子の雲から、少しずつ姿を現し始めているのかもしれません。

では、私たちが毎朝目覚めるたびに感じている「この時間」は──宇宙が最初から持っていた基本装備なのでしょうか。それとも、138億年にわたって宇宙がみずから編み出し続けているものなのでしょうか。

参考文献

Scientist creates ‘mini‑universe’ to measure time without a clock
https://www.birmingham.ac.uk/news/2026/scientist-creates-miniuniverse-to-measure-time-without-a-clock?utm_source=chatgpt.com

元論文

Testing the problem of time with cold atoms
https://doi.org/10.1103/1h9j-df4k

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

配信元: ナゾロジー

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