
カナダのハカイ研究所(HI)やマクマスター大学(McMaster)などで行われた研究によって、氷河期のリスたちがマンモスやバイソンといった巨大動物や、上位の捕食者である大型のネコ科動物などを食べていた可能性が示されました。
研究では最大で約70万年間、凍土に保存されていたリスの「うんちのDNA」が分析されており、巨獣のDNAが続々と検出されたことが示されています。
しかも研究者たちによれば、このフンは、ホモ・サピエンス誕生(約30万年前)より倍以上昔のものでありながら、研究室の中ではっきりと「ウンチの臭い」を放っていたといいます。
筆頭著者のタイラー・マーチー氏も「70万年前のフンが、まだ臭うとは思いませんでした」と振り返ります。
ではこの「マンモスを食らったリス」は、一体何者だったのでしょうか?
研究内容の詳細は2026年6月9日に『Nature Communications』にて発表されました。
目次
- 70万年前の糞はまだ臭っていた
- 氷河期のリスはマンモスを食べていた
- うんちは骨より優秀だった——DNA保存力の大逆転
- そのリスは、何者だったのか
70万年前の糞はまだ臭っていた

リスといえば、木の実を抱える愛らしい姿を思い浮かべる人がほとんどでしょう。
しかし実はリスは、私たちが想像するよりずっと古い、いわばベテラン中のベテランの動物です。
最古のリス科(リスの仲間全体を含むグループ)の化石は、なんと約3600万年前の北米から見つかっています。
これは恐竜が絶滅した約6600万年前から3000万年ほど後、哺乳類たちが「次の主役は誰だ」と陣取り合戦を繰り広げていた時代のことです。
その後、北米で生まれたリスたちは、ヨーロッパやアジア、そしてアフリカへと広がっていく過程で様々な環境に適応していきます。
そして長い時を経て、ジリスたちは独自の暮らし方を編み出していきました。

今回の研究の主役であるジリス(ground squirrel)は、森ではなく平野に適応したリスの仲間であり、木に登るのではなく、地面に複雑な巣穴を掘って暮らします。
ジリスたちは、なかなか几帳面な動物で地面に掘った巣穴の中に、ちゃんと「トイレ区画」と「トンネル網」と「食料の貯蔵庫」を作ります。
カナダの永久凍土の地には、そんな彼らの小さな地下マンションのような構造が凍り付いたまま残っていました。
そこで今回研究者たちは、この冷凍保存された巣の中に溜められていた「うんち」に着目しました。
もしこのフンに含まれるDNAを調べることができれば、氷河期の生態系を”リスの目線”で垣間見ることができるはずです。
なぜなら、フンには食べた植物、飲み込んだ虫、体内の寄生虫、腸内の細菌——すべてのDNAの断片が、排泄物の中に閉じ込められているからです。
そこで研究者たちは登山用の装備とつるはしを手に、凍りついた崖からジリスたちの数百粒のフンを掘り出しました。
最も古いものは、なんと約70万年前のものでした。
そして研究室に持ち帰り、薬品を使ってフンの中のタンパク質などを分解し、奥に残っているはずのDNAを取り出す作業を始めました。
ここで、思いがけないことが起きます。
70万年前のサンプルからも、はっきりと「ウンチの臭い」がしたのです。
研究者のマーチー氏はこの点について「70万年前のフンがまだ臭うとは思いませんでした。一部を切り取ってDNA抽出のために溶かすと、ラボはものすごいうんちの臭いに包まれたんです。かなり強烈でしたよ」と述べています。
これは単なる笑い話ではありません。
普通、化石化したフン(糞石)は長い時間のあいだに鉱化が進んで、もはや「ウンチ」というより「石」に近い状態になっているものです。
だから普通の糞石は、ぜんぜん臭いません。
しかし研究者たちが採取したフンはちがいました。
永久凍土に閉じ込められて、ずっと冷凍庫の中にいたようなものなので、有機物が分解しきっていなかったのです。
永久凍土からは体の形を保ったマンモスの遺骸がしばしば発見されますが、リスのフンも同様に化石化せずに有機物の状態を保っていたわけです(※いちおう糞化石に分類される存在ですが冷凍保存された糞といったほうが実情に近いでしょう)。
そして臭いがするということは、有機物(生き物に由来する物質)がまだ残っているという証拠であり、DNA抽出の期待度も高くなります。
そのため研究者たちは臭いに耐えつつDNAの抽出と分析を続けました。
氷河期のリスはマンモスを食べていた

抽出されたDNAを解読してみた結果は、研究チームの予想をはるかに超えるものでした。
フンを解析したところ、リス自身や植物、昆虫、小型哺乳類のDNAに加えて、ケナガマンモス、ステップバイソン(絶滅した巨大バイソン)、古代のウマ、カリブー(トナカイの仲間)、ヒツジの仲間、オオカミやイタチの仲間のDNA、さらには捕食者の頂点に立つ大型ネコ科動物とみられるDNA信号まで検出されました。
マーチー氏はこれをピューマか、あるいは絶滅した「アメリカンチーター」(ミラキノニクス)のものではないかと推測しています。
体重わずか数百グラムの小さなリスのフンの中から、何トンもある巨獣たちの遺伝情報が出てきたのです。
動物だけではありません。
200以上の植物の系統群のDNAが検出されました。
更新世(氷河期)のサンプルには、イネ科の草やキク科のヨモギ、ムラサキ科、マメ科のイワオウギ、ヤナギなど、いわゆる「マンモスステップ」と呼ばれる氷河期の大草原を構成する植物のDNAがずらりと並びます。
さらに、節足動物(クモ、アリ、蛾、甲虫、バッタ)や、寄生性の線虫のDNAまで見つかりました。
バッタの化石は、ごく最近まで、この地域の更新世の地層から一度も見つかったことがなかったため、DNAと化石の両方で確認されたことは大きな成果です。
研究チームが見たのは、まさに氷河期の生態系まるごとのスナップショットでした。
この研究に関わっていないメイン大学の古生態学者ジャクリーン・ギル氏は「マンモスの骨からわかるのは『ここにマンモスがいた』ということだけです。でもジリスのフンは『ここにリスがいて、こんな植物を食べ、こんな昆虫と暮らし、こんな動物と同じ風景を共有していた』ということを教えてくれるのです」と述べています。
しかし、フンが採取された巣の大きさからみても、彼らの体重はせいぜい数百グラムです。
なのになぜ、巨大動物のDNAが彼らのフンから出てきたのでしょうか?
そのヒントは意外にも現在のジリスの食生活に隠れていました。
現生のホッキョクジリス(Urocitellus parryii)は、いわゆる「日和見的(ひよりみてき)な雑食動物」です。
ここで言う日和見というのは、穏やかという意味ではなく「目の前にあるものを何でも食べる」という性質を指します。
たとえば現在のアラスカのジリスたちの生態研究では、セイウチやクジラの死肉を食べることが報告されています。
またアラスカの島々では海鳥の卵やヒナを襲って食べ、小型の海鳥が島から姿を消す一因になった可能性も指摘されています。
さらにカナダ北西地域のジリスは小型のネズミの仲間を積極的に捕食した記録があります。
しかしなぜジリスたちはここまで食欲旺盛なのでしょうか?
その鍵を握るのが、冬眠という過酷な生存戦略です。
ホッキョクジリスは、毎年10月頃から翌年4月頃まで、およそ半年以上にわたって地中で眠り続けます。
この極限の省エネモードを生き延びるには、秋のうちに十分な脂肪を蓄えなければなりません。
そして長い眠りから覚めたとき、体はエネルギーを使い果たしてカラカラの状態です。
手に入るものなら何でも食べる必要があるわけです。
といっても、小さなリスたちが大型動物を襲って狩り殺していた……というわけではないようです。
研究者たちは、フンから巨獣のDNAが出てきたとしても、それは狩りの結果ではなく死骸あさりが有力な説明の一つだと考えています。
――でも、そんなに都合よく死骸が転がっているものなのでしょうか?
私たちが「北極」と聞いて思い浮かべるのは、生き物の気配が乏しい、がらんとした白い荒野でしょう。
あんな場所に、大型動物の死骸がそうそう落ちているとは思えません。
ところが、当時の北極はまったくの別物でした。
当時この一帯(カナダ北西部)は氷河期のあいだも分厚い氷床に直接覆われなかった「マンモスステップ」と呼ばれる豊かな草原が広がっていました。
今の貧しいツンドラとは違い、栄養価の高い草が一面を覆い、その草を食べるマンモス、ウマ、ステップバイソン、カリブー、サイガなどの大型の哺乳類が群れをなして暮らしていました。
いわば寒冷地版のサバンナとも言える場所で、一部の研究では大型動物の密度は、現代のアフリカのサバンナに匹敵するか、それを上回ったとも推定されています。
生き物がたくさんいれば、当然、死ぬ個体もたくさん出ます。
賑わう街ほど”落とし物”が多いのと同じ理屈です。
また暑い地域なら、死骸は数日で腐り、虫や微生物に分解されて消えてしまいますが、寒冷地帯では死骸は腐るより先に凍りつきます。
さらにタイミングも重要でした。
ジリスは10月から翌春まで、半年以上も地中で眠り続けます。
彼らが空腹を抱えて地上に這い出してくる春先は、ちょうど冬のあいだに死んだ動物たちが雪解けとともに姿を現す季節でもあります。
つまり目を覚ましたリスの目の前に、まだ「鮮度の保たれた」マンモスの死骸が現れる──そんな光景は十分にあり得たと考えられます。
もっとも現段階では「古代のリスがマンモスを確実に食べていた」と断言できる段階にはありません。
古生物学においてある動物が別の動物を食べていたかを本当に確定するのは、極めて困難だからです。
論文もこの点については慎重に議論を進めています。
たとえばジリスにはまわりの色々なものを巣穴に集めて持ち帰るという、ハムスターのような行動があることが知られています。
だとすると「リスはマンモスの骨や毛のかけらを巣穴に持ち帰っただけで、それがフンに混ざっただけ」という可能性も排除できません。
さらにフンに含まれた大型のネコ科やオオカミ・ピューマ・イタチ類のDNAの出所については「リスが死肉を漁っていたというこれまでの可能性」に加え「リスの巣穴に侵入しようとした捕食者由来である可能性」も考慮されています。
それでもフンの中から多様な大型動物のDNAが出てきた要因として「食べていた」という説は論文の中でも明示されています。
論文の査読にかかわったコペンハーゲン大学の分子古生態学者ミケル・ペデルセン氏も「リスたちが地中から這い出してきて、あたりに転がっている死骸を食べ始める。彼らはまさに『更新世のゾンビ』です」とユーモラスに「マンモスを食べるリス」の説を語っています。

