・レスラーになったきっかけの1つ
時代背景的にはハンセンがプロレスラーになる前からプロレスラーになった後あたりが深掘りされており、こんなエピソードも明かされていた。
ハンセン「大学を卒業した後、故郷の中学で教師になったんだ。最初の給料が466ドルで “これじゃ何もできない、家族も養えない” と絶望的な気持ちになったことをよく覚えてるよ。
その時、大学の頃から知り合いだったテリー・ファンクが声をかけてきたから “プロレスラーはいくら稼げるんだ?”って聞いたんだ。そしたら “350ドルだ” って言うんだよ。
冗談じゃない、教師より稼げないじゃないかと思ったら、週に350ドルだって言うんだ。ファイトマネーがプロレスラーになるきっかけの1つだったことは確かだね(ニヤリ)」
その他にも「ビンス・マクマホン・シニアに嫌われた理由(サインボール狙い撃ち事件)」や「全日本プロレス移籍時に連絡したレスラー」等が明かされていたが、それは会場に足を運んだ人だけの記念としておこう。
・優しい世界
また印象的だったのは、会場に駆け付けたファンから “ハンセン愛” がダダ漏れていたこと。参加者全員から御年76歳のスタン・ハンセンを敬愛する思いがあふれ出し、その一言一言に熱心に耳を傾けていた。
最後にハンセンが冒頭で挨拶していた内容をご紹介してこの記事を終わるとしよう。不沈艦よ、永遠なれ。ウィーーーーーーー!
ハンセン「引退してから20年以上が経つのに、私がこうしていられるのはファンのみなさんのおかげ。日本のファンは私にとって感謝してもしきれない特別な存在です。本当にどうもありがとう」
もう1回、ウィーーーーーーー!
取材協力:株式会社H.J.T.Production
執筆:P.K.サンジュン
Photo:Rocketnews24.
