今年で芸歴20周年のピン芸人・小森園ひろしが7月26日(日)、東京・神保町よしもと漫才劇場で『小森園ひろし20周年記念単独ライブ「大声援」』を開催します。7月末に渋谷と神保町のよしもと漫才劇場を卒業する節目で行われる今回の単独ライブ。そこにどんな思いで臨むのか、そしてデビュー以来、1回もコンビを組んだことがないという孤高のピン芸人の生活とは……本人を直撃して、さまざまに語ってもらいました!

水道メーター検診のバイト中にネタをメモ
──今回の単独はどういうライブになりそうですか。
卒業公演と銘打たれていますが、いつもと変わらず、コントをメインに新ネタ縛りでやる予定です。打率を上げるためにいつも多めにネタをやるようにしているので、いつも通り10本くらいやりたいなと思っています。
──この取材を行っている現在は6月中旬。開催までに1カ月と少しありますが。
僕にとっては、1カ月と少し“しか”ないという感覚ですね。単独までの期間がいつもより短いので、だいぶ焦ってます。ピン芸人のいちばんのウィークポイントは、ネタづくりに取りかかれないときに、せっついてくれる人がいないところ。なので、直前になって焦らないように、いつも早めに取りかかるんです。
──アイデアはすでにいろいろとあるんですか?
そうですね。水道メーター検診のアルバイトをやっていまして、バイト中にアイデアが思いつくこともあれば、スポーツ観戦しているときに思いついたりして。で、メモしたものを週1回、全部並べてネタになりそうなものを見究める作業をしているんです。
そこから使えそうなアイデアをピックアップして、ネタにしてみてから本番でできそうかどうかを判断していて。いまあるアイデアがその作業でどれくらい残るかはわからないですが、いいネタができそうな予感はしてます。20周年だからとか、卒業公演だからとかじゃなく、そう思っていて。
──いいネタができそうな予感。どんなところでそう感じているんですか?
言語化するのは難しいんですが、こういうネタが思いつきたいという方向みたいなものが頭の中にあって、その方向に行けているような気がするんです。だから、多くの方に観に来ていただきたい。来てくださる方が少なくても、一生懸命ネタをお見せするのはもちろんですが、少しでも興味を持ってくれている方には来ていただけると嬉しいですね。

──タイトルを「大声援」とした経緯は?
長くてオシャレなタイトルは違うなと思ったのと、あとからいろんな意味づけができそうだなというところから付けました。後づけするなら、20年間にいろんな方からいただいた声援、自分自身への声援、といった意味も込められているのかなと思います。
応援してくれた方々の声援があって、いまがあるのは間違いないですから。いつも遠くから単独を観に来てくれる方もいて……本当に頭が上がらないです。その人たちにいいネタを見てもらうためにも、全力で頑張りたいと思っています。
過去1回もコンビを組まなかった理由とは?
──芸歴20周年。これまでを振り返ってみていかがですか。
正直、引いてます。
──何に?
20年という長さに。芸人になった当初は、5年以内に辞めるつもりだったんです。もともと『ABCお笑いグランプリ』が好きだったんですが、僕が若手のころは出場資格が芸歴5年以内だったので、決勝に出られなかったら辞めようと思っていて。
結局、決勝には行けなかったんですが、最後の5年目の年、惜しかった芸人を集めたコーナーみたいなものに、おいでやす小田さんとかヒューマン中村さんとかと出させてもらったことで、もうちょっと続けてみようかなと。
芸歴2年目くらいに『R-1ぐらんぷり(現・R-1グランプリ)』の準決勝に行けて、『R-1』で決勝を目指すのもいいなと思ったこともあって、続けていたら20年経ってました。
──想定外だったんですね。
想定外も想定外です。東京には男性ブランコやインディアンス(現・ちょんまげラーメン)らと一緒に上京して、その後はヨシモト∞ホールに出ていました。

──芸人を始めた当初からいままでずっと、ピンを貫いてるんですよね。芸人仲間からは変人だと言われているそうですが?
(笑)。本当によく言われます。まず、1人でやろうと決めてこの世界に入りました。さっきも話したように5年以内に辞めようと思っていたので、全部を自分の責任にできるピンを選んだというだけなんです。けど、まわりからは「ヘンだ」と言われて。
──そもそも、芸人になったきっかけは?
もともとお笑いが好きで、『すんげー!Best10』(ABCテレビ)とか『吉本超合金』(テレビ大阪)とかよく見ていたんですが、どこかで芸人をやってみたいという思いがずっとあったんだと思います。
大学4年生のとき、就職活動をして内定もいただいていたんですが、(芸人に)挑戦しないまま就職して、30、40歳になったころ、“あのとき芸人になっといたらよかったと”後悔するのがイヤやったっていうのが、いちばん大きいかもしれないです。
──いままで1回もコンビを組みたいと思ったことがないんですか?
ないですねぇ。最初に入った松竹芸能では同期が10人もいなかったですし、ほかはみんなコンビを組んでいたので組む人もいなかったんです。吉本に入ってからも、コンビを組みたいと思ったことはないです。全部、自分の責任でできるピンのほうがいいなと思うんですけど……おかしいですかね?
ただ、いま僕と同じような考えの人がお笑いをやろうとしていているなら、絶対にコンビを組んだほうがいいとはアドバイスするでしょうね。

──大阪芸術大学出身ですが、ミルクボーイさんやななまがりさんらが所属していた落語研究会には入っていなかったんですか?
友だちに連れられて一瞬だけ仮入部はしたんです。けど、勇気がなくて、結局、入りませんでした。高校時代からやっていたアメフト部に入ったんですが、1年のころはアメフトだけの生活になるのがイヤで入らず、2年から入ったんです。
大学の同級生の芸人やと、エンジンコータローや、猫ニスズの舘野(忠臣)君とかがそうです。僕が4年生のとき、ミルクボーイさんが1年生でしたね。