2013年の同性婚反対から始まったフランス右派の運動は、やがて2015年のドイツ・ケルン大晦日集団性暴行事件などを通じて、「女性の安全」を掲げながら移民排斥へ接続していった。なぜ極右が女性に支持されるのか? その理由のひとつに極右政党が「女性の安全」というフェミニズムの文脈を利用し、自らを近代的で正当なものに見せ、支持者たちを取り込んでいるという事実がある。
フランスの極右政党、国民連合のマリーヌ・ルペン、ジョルダン・バルデラや、極右フェミニスト集団ネメジスの狡猾な手法を明らかにする。
同性婚反対運動と「保守女性運動」の高まり
2013年、フランスでは同性カップルに結婚を認めるトビラ法、「みんなのための結婚」が成立した。これに対して大規模な反対運動を展開したのが、「みんなのためのデモ(La Manif pour tous)」である。
「みんなのためのデモ」は露骨な同性愛嫌悪を避けつつ、同性婚を家族、子ども、性差、さらには文明秩序の「危機」として描き出した。そこで前面に出されたのは、「子ども」や「父と母からなる家族」、そして「社会の根本的秩序」を守るという語りである。こうして同性婚への反対は、差別の主張としてではなく、「保護」の言語を通じて正当化されたのだ。
さらに、「みんなのためのデモ」 は、フランス右派における保守勢力と女性の関係を再編する重要な契機にもなった。この運動では、女性が組織運営やメディア上の表象において存在感を発揮した。
母であり、女性であり、子どもを守る存在であるというイメージが、運動の正当性を支える装置として機能したのである。同性婚反対運動をきっかけに、女性を中心とする抗議形態や、極右に近接する女性集団が新たに形成された。
この運動はフランスにおける「反ジェンダー運動」の重要な転機となった。争点は同性婚だけにとどまらず、性教育、ジェンダー平等教育、トランスジェンダーの権利、生殖補助医療などが、次々と攻撃の対象となった。これらは、個別の政策や権利要求としてではなく、社会全体の秩序を破壊するものとして描かれた。
すなわち、同性婚反対運動は、ジェンダーやセクシュアリティをめぐる一種のモラル・パニックを引き起こしたのである。モラル・パニックとは、本来は限定的な社会現象や少数派の権利要求が、社会全体の価値、秩序、未来を脅かすものとして過剰に構築される政治的・メディア的反応を指す。
2013年当時の国民戦線(現・国民連合)は、「みんなのためのデモ」への公式な賛同には慎重な姿勢を示しながらも、党の議員は実質的に同デモへ参加していた。マリーヌ・ルペンもまた、成立済みの同性婚には一定の留保を示しつつ、政権を取れば同性婚法を廃止すると述べていた。国民戦線は、同性婚反対をめぐるモラル・パニックを、自らの政治的資源として取り込もうとしたのである。
ナショナリズムとジェンダー
国民国家において、家族は単なる私的領域ではなく、国民を再生産する場として位置づけられてきた。そのなかで女性には、二重の再生産の役割が割り当てられる。
第一に、生物学的再生産である。女性は「子どもを産む性」として、人口の再生産を担うものとみなされる。第二に、文化的再生産である。女性は、言語、文化、宗教、価値観、民族性、国民性を次世代へ伝える役割を負わされる。だからこそ、女性の身体や家族のあり方は、ナショナリズムにとって重要な政治的争点となる。
同性婚反対運動もまた、「国民を再生産する家族」という枠組みや、女性を「再生産の担い手」とする価値観と深く結びついていた。
「みんなのためのデモ」以降の右派運動は、アイデンティタリアン右派(*1)、伝統主義カトリック、ナショナリスト系の運動とも結びつきながら、母性、自然な性差、女性性を強調することで女性を取り込んでいった。
そこでは女性は、「子どもを守る存在」「家庭を守る存在」「文化や国民性を継承する存在」として称揚された。しかし、これは必ずしも女性の解放を意味しない。女性は、自律的な主体としてではなく、母性や家庭内役割を担い、保護を必要とする脆弱な存在と位置付けられた。つまり、フェミニズム的な解放要求は、「女性を守る」という保護要求へと変換されたのである。
女性が、「再生産」を担わされるという構造に異議申し立てをするのではなく、むしろその構造の中で与えられた役割を保持しようとして反同性婚デモに参加する——この矛盾した事態を考えるうえで、アンドレア・ドウォーキンの議論は示唆的である。
彼女は1983年の時点で、著作『右翼の女たち』において、なぜ一部の女性が自分たちを従属させるはずの保守的・家父長的な政治に加担するのかを問いている。ドウォーキンの答えは、それが一種の生存戦略である、というものだった。抑圧的な家父長制のなかで、女性たちは「正しい側」に立つことを選ぶ。すなわち女性は、男性的、あるいは国民的な保護の約束と引き換えに、服従を受け入れるのである。
「みんなのためのデモ」以降、フランス右派・極右においても、女性が政治の前面に現れる機会は増えた。しかし重要なのは、女性が政治の場に現れたという事実そのものではなく、その現れ方である。彼女たちは「解放を求める女性」としてではなく、「守られるべき女性」として表象された。この構図は、次に見るように、「女性の安全」をめぐる右派・極右の言説のなかで、次第に排外主義的な意味を帯びていく。

