
オランダのアムステルダム大学(UvA)をはじめとする国際チームによる研究によって「うんちの普遍的な力学」となる法則が示されました。
研究では、うんちをはじめ、やわらかな渦巻きの形は同じ物理法則でうまく説明できると捉えており、この法則は、私たちが使うあの「うんち絵文字」が、なぜソフトクリームのように先のとがった形をしているのかについて、みごとに説明してくれます。
この法則は140年前に晩年のチャールズ・ダーウィンが取り組んだ「ミミズのうんち」の謎にもつながるもので、論文でも『うんちの形の普遍的な力学を明らかにする』と掲げられています
体の作りも、うんちの出し方も違う生きものの排泄物に、なぜ似た渦巻きが現れるのでしょうか?
研究内容の詳細は2026年4月28日に『Nature Communications』にて発表されました。
目次
- すべてはミミズのうんちから始まった
- うんちの形を決める普遍的な物理法則
- あの渦巻きは、ただの排泄物ではなかった
すべてはミミズのうんちから始まった

物語は、フランスの海辺から始まります。
アムステルダム大学のボン教授はフランスの干潟を散歩していたとき、ふと足元に、砂で作られた小さな塔のようなものが、ぽつぽつと並んでいるのに気づきました。
よく見れば、それは美しい渦巻きの形をしていて、まるで誰かが指でくるくると描いたかのようでした。
その正体は、砂の中に暮らすゴカイの仲間――ミミズと同じ「環形動物」の、海に暮らす親戚――「ラグワーム」の糞でした。
ふつう、ものが渦を巻くのは「上から落ちる」ときです。
たとえば、やわらかいクリームが、上にある注ぎ口からコーンの上にしぼり出されるとき、クリームは自分の重さで下に引っぱられながら、くるくると渦を巻いて積み上がっていきます。
はじめのうちは、注ぎ口からコーンの底まで距離があるので、クリームは大きな円を描いて巻きます。
でも山が高くなるにつれて、注ぎ口と山のてっぺんとの距離はどんどん縮まっていく。
すると、後から出てくるクリームは小さな円を描くようになり、いちばん上の巻きがいちばん小さくなります。
同様のことは熱したガラスを垂らしたときでも長いロープでも起こります。
やわらかで細長いものを上から垂らしていくと、落ちた場所にまっすぐ積み上がるのではなく、とぐろを巻くように、くるくると小さならせんを描きながら重なっていきます。
この「やわらかいものは、押し出されると巻いてしまう」という現象には、ちゃんと名前があります。
専門の世界ではコイリングと呼びます。コイル、つまり「ばね」や「巻き」のことです。
うんちもまた、腸という管から押し出される、細長くてやわらかいものです。
だとすれば、糞が巻くのも、熱したガラスやロープが巻くのと同じ物理法則で説明できる可能性がありました。
しかし砂浜のラグワームのうんちはやや特殊でした。
体が砂の下にあり、うんちは上に向けて行われます。
重力に逆らって、地面の表面へと、にゅるにゅると積み上げていく、いわば、「反重力のうんち」です。

下向きのうんちと、上向きのうんち。出す向きが正反対なら、できあがる形も、まるで違ってくるはずです。
実際、ラグワームの糞は、絵文字のようなとがった山にはなりません。
むしろ蚊取り線香のように、巻きの半径があまり変わらない、均一な渦巻きになります。
普通ならば「だからどうした?」とそのまま去ってしまうでしょう。
ですが、やわらかいものの専門家(ソフトマター物理学)としてボン教授はこの渦巻きのうんちに興味を引かれ、その謎を解明することにしました。
実は、こうした渦巻く糞の不思議さにとらわれたのはボン教授が初めてではありませんでした。
『種の起源』を書いた人として歴史に名を刻むダーウィンですが、晩年の彼がいちばん心を奪われていたものはミミズのフンでした。
うんちの形を決める普遍的な物理法則

1880年11月、ダーウィンは友人に宛てた手紙にこう書いています。
「いまの私は、魂のすべてが、ミミズに吸い込まれているのだ!」
冗談ではありません。本当に、感嘆符つきで、そう書いたのです。
そして翌1881年、ダーウィンは最後の単著を出版します。
タイトルは『ミミズの作用による肥沃土の形成、ならびにその習性の観察』。
なんと一冊まるごと、ミミズのフンと土をめぐる研究書でした。
その本のなかで、ダーウィンは細密な図版とともに、こんな観察を残しています。
「ミミズは、巣穴の斜面に対して、上向きにも下向きにも排便する」
「ミミズのフンは、塔のように積み上がった、ふしぎな渦巻きの形をしている」
晩年のダーウィンはミミズのフンに情熱を注いでいた様子がうかがえます。
ただ残念なことにダーウィンの時代には、やわらかなものを扱う「ソフトマター物理学」は未熟で、「やわらかいものは、押し出されると巻いてしまう」というコイリング現象も十分に調べられていませんでした。
そのため「なぜ、ミミズのフンはそんな形になるのか」という肝心の問いには、答えを出せませんでした。
しかしボン教授はソフトマター物理学が専門で、しかもこの種のコイリング現象を長く牽引してきた物理学者の一人でした。
実際、ボン教授は2007年にハビビ博士やリベ博士と共に「素材の硬さ」「素材の太さ」「素材の重さ」「重力の強さ」という4つの数字を放り込めば、渦巻きの大きさが計算できるとする「弾性ロープのコイリング理論」を発表しました。
もしうんちの渦巻きが、ロープや熱したガラスと同じ物理法則に従っているなら、このコイリング理論でうんちの形も説明できるはずです。
そこでボン教授はかつての仲間と一緒に、ラグワームのフンが「物質として」どんな性質を持っているかを測り、豆の粉を水で練った生地でそのやわらかさを再現しました。
そしてラグワームのフンのように、注射器で下から上へ押し出してみます。
すると本物のラグワームの糞とそっくりの、きれいな渦巻きの塔ができあがりました。
さらに研究者たちは、柔らかく戻したスパゲッティやライスヌードル(米でできた麺)など材料を変えて実験を繰り返しました。
結果、調べたどの素材でも、うんちの渦巻き形を決めていたのは理論通り、素材の太さ・硬さ・密度、そして重力の強さでした。
たとえば素材はやわらかいほど渦巻きは小さくなり、硬いほど大きくなります。
そして重力方向、上から下に向かって出せば、山が育つにつれて落ちる距離が減り、渦巻きは最初は大きく、上にいくにつれて巻きの半径が小さくなり、山全体が先細りします。
一方、下から上に向かうと、落ちる距離がそもそも関係なくなり、渦巻きは最初から最後まで巻きの半径を一定に保つことが示されました。
たった素材の太さ・硬さ・密度、そして重力の影響を変えるだけで、ソフトクリーム型にもなれば、ミミズ型の均一な筒型にもなる。
そのどちらも、同じ一つのコイリング理論が支配していました。
実際、チームが全データをまとめてグラフにすると、ラグワームの糞、豆の生地、スパゲッティ、ライスヌードル――今回調べた4種類のデータ点が、理論が予測する傾きにそって、一本の帯のように並びました。
その傾きつまり「どんな割合で変化するか」は0.31。理論の予測値0.33(3分の1)に、とてもよく一致しました。
ダーウィンが140年前に眺めて不思議に思った渦巻きの形は、こうしてラグワームを通じて、物理的に説明できる道筋がつきました。
そしてこの視点は、うんちだけの話にとどまりません。
外から引っぱられることなく、やわらかいものがただ押し出される現象――たとえば一部の植物が伸びていく様子などにも、同じ受け身の渦巻きが潜んでいるかもしれない、とチームは見ています。
ちなみにクモが糸を張るときは、自分でぴんと糸を引っぱって張力をかけるため、逆に巻きが抑えられる。これは正反対のしくみなのだそうです。

