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19歳で69歳会長の"愛人"に…「身体の関係は一切なかった」プリンセス研究家・橋本サリーが明かす2年間の真実

19歳で69歳会長の"愛人"に…「身体の関係は一切なかった」プリンセス研究家・橋本サリーが明かす2年間の真実

ピンクのフリルが重なる華やかなドレスに身を包む女性、橋本サリー。しかし、その優雅な微笑みの裏には、兵庫県芦屋市のエリート家系出身、19歳で69歳の会長に囲われた“愛人”関係、うつ病の発症など、想像を絶する修羅場が隠されていた。世間から「愛人」や「パパ活」と揶揄される経験さえも、彼女にとっては自分を最高級の「いい女」へと磨き上げるための、血の滲むような「修業」だったという。なぜ彼女はドレスを脱がず、「プリンセス」であることを武器に絶望の淵から這い上がることができたのか。「見た目こそが最強の生存戦略」と断言する彼女の、美学に満ちた波瀾万丈な半生を紐解く。(前後編の前編)

「プリンセス研究家」橋本サリーとは?

現代のシンデレラを地で行く女性、橋本サリー。華やかなドレス姿に独自のメイクが印象的だ。SNSでは「プリンセス研究家」として優雅な日常を発信している。そんな彼女は、ドレス着用レッスンやマナー指導を行いながら、子ども向けのダンスショーを自ら企画開催している。

子どもたちだけでなく大人までもを元気づけるその大きな瞳の奥には、数々の修羅場を潜り抜けてきた者特有の「冷徹な知性」が宿っている――。

サリーさんのルーツは、兵庫県芦屋市という「お嬢様」の代名詞のような場所にある。官僚や政治家、弁護士が輩出する厳格な家系に育ち、幼少期からクラシックバレエに打ち込む日々。だが、彼女の興味はすでに別の場所にあった。

「小学6年生の時から、ファッション誌の『JJ』を読んでいたんです。もう大好きで。高貴なスタイルやキラキラした世界への憧れが、そのころから染み付いていましたね」

そんな彼女は17歳の時、「テーマパークのダンサーになりたい」という夢を抱き、周囲の反対を押し切って上京。東京スクールオブミュージック専門学校へ入学し、夢への第一歩を踏み出した。だが、そこで彼女を待ち受けていたのは、全国から集まった「若くて美しい才能」たちという圧倒的な壁だった。

「周りを見渡すと、みんな踊れるのは当たり前。中でも目立つ子がいて、在学しながらオーディションによく受かる子がいたんです。そこで私は気づいてしまったの。『ダンスのテクニックじゃない。見た目だ』って」

多くのライバルがダンスの技術研鑽に励む中、サリーさんは独自の「生存戦略」に舵を切る。専門学校の夏休み、友人との遊びを一切断ち切り、ひたすら自分を磨き上げた。15kgの減量と、徹底した身だしなみの追求。その結果はすぐに出た。夏休み明けのオーディションから、彼女は面白いように合格を勝ち取り始めたのだ。

「東京には綺麗な子がたくさんいる。でも、その中でも際立つ存在になるにはどうすればいいか。テクニックではなく、見た目と雰囲気を磨くことへの戦略的な決断。これが私の原点でした」

19歳で始まった愛人関係、“足長おじさん”との出会い

そんな彼女の運命を決定づけたのが、19歳の時にアルバイト先のショーパブで出会った、ある「会長さん」だった。建築系の会社を一代で築き上げたその男性は、当時69歳。親子ほど、いや祖父と孫ほど歳の離れた二人の出会いは、映画のワンシーンのようだった。

「すごいオープンカーで迎えに来てくださって。ピシッとスーツを着こなして、バカラのロンググラスが似合うような方でした。彼が私に言ったんです。『僕が君の足長おじさんになってあげる。君の願いを全部叶えてあげるから、まず何がしたい?』って。

『ええ! 私なんかでいいの?』って思いましたね。当時の私はまだ自己肯定感が低くて、自分に自信が持てていなかったんです。でも、アルバイトをしながら生活を送る私にとって、援助をしていただけるというのは、とても魅力的なお話でした」

そこから2年間、サリーさんは会長が所有する高級マンションに住み、高級ブランド品に身を包む生活が始まる。外商が自宅を訪れ、食事は常に一流店。世間から見れば、それは紛れもなく「愛人関係」と映るだろう。しかし、サリーさんはきっぱりと、かつ淡々とこう言い切る。

「実は、身体の関係は一切なかったんです。本当に、純粋に私の夢を応援してくれるという感じでした。私はただ、彼の横で可愛く待っているのが仕事。でも、それはそれで究極のプレッシャーでした」

会長がサリーさんに求めたのは、性的なサービスではなく、彼に相応しい「至高のパートナー」としての振る舞いだった。サリーさんは会長の勧めで、銀座の老舗プロトコールマナー(世界標準公式マナー)教室に通い始める。

「高級品に囲まれた空間で、どう振る舞えば会長に恥をかかせないか。必死でした。買い物も食事も、単なる贅沢ではなく修業。会長に見合う女性でいなければならない、誰から見ても素敵ないい女でいなければ……。それはつまり『プリンセス』にならなきゃいけないということだったんだと思います」

彼女が学んだのは、単なるお辞儀の角度ではない。1つ1つの所作、物の扱い、そして空間そのものを美しく保つ「品格のある精神性」だった。後の「プリンセス研究家」としてのスキルの根幹は、この2年間の修業で培われたものだと話す。

しかし、華やかな生活の裏側で、サリーさんの心はすり減っていった。 

「20代前半で、パニック障害とうつ病になってしまって。頑張りすぎてしまったのかもしれません。道も歩けない、人前に出ることもできないという極限状態まで追い詰められました。過酷なダイエットのツケも回ってきたんだと思います」

そんな時でも、会長は彼女を優しく見守り続けた。しかし、永遠に続くかと思われた二人の関係にも、唐突に終わりの時が訪れる。

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