人口約1400万人で数多の観光地を持つ東京。この世界屈指の大都市で手に入らないものや体験できないことはほとんどない。しかし、そのスピード感に疲弊する人もまた、少なくない。プロ雀士の松岡千晶さんも“疲れた都会人”のひとりだったが、4年前に同じ東京でも絶海の孤島と形容できる八丈島に移り住んで、自分らしさを取り戻した。〈前後編の前編〉
移住で家賃15万から3万、1Kから4LDKへ
東京生まれ、麻雀育ち。20歳で日本プロ麻雀連盟28期生としてプロ雀士デビューし、そのルックスも相まって、デビュー後まもなく人気雀士の仲間入りを果たした松岡千晶さん。彼女は35歳の今、八丈島の空の下で島唐辛子農家となっていた。
「移住から4年経って、今も後悔は全然ありません。東京では神田駅近くの大通り沿いに住んでいたから車の騒音がすごくうるさかった。ここでは朝5時、小鳥のさえずりが目覚まし代わりです(笑)」
家賃は15万円から3万円に、間取りは1KアパートからDIYした古民家ながら4LDKの庭付き一戸建てになった。
「島にいるとお金をつかうことがほとんどなくて、趣味で釣った魚を島の人にあげると、畑をやってる方が多いからお返しに野菜を譲ってもらえます。物々交換ですね。
東京(の都心)は道を歩くのも大変なくらい人混みがすごくて人との物理的距離が近いけど、心の距離は八丈島のほうがずっと近いと感じます」
山手線の内側の昼間人口は600万人と言われている。八丈島はそれとほぼ同じ面積に約6500人ほどしか住んでいない。この島では人とすれ違うのも稀なのだそうだ。
東京と雀荘、人口密度が非常に高い環境で暮らしてきた松岡さんが、その生活をずっと続けるのは難しいと意識し始めたのは24歳の頃。
「私がプロになった時はまだそこまでいなかったんですが、年々若くてかわいい女流プロが増えていきました。女流プロってアイドルのような人気商売の一面もあるので、このままだと仕事がなくなるかもと不安を抱えるようになり……。
だから30歳か、貯金が1000万円貯まったら何か全く違う何かに挑戦したいと思っていたんです」
早い段階で目標の貯金額はクリアしたものの、麻雀プロとしての活動が楽しく今の生活を捨てる踏ん切りがつけられなかった。しかし、7年間勤めていた雀荘の店長という仕事など、東京にいることで自分が消耗していることを実感して、決心する。
「このままじゃ壊れてしまうと……。小さい頃から自然や釣りが大好きだったので、31歳で思い切って島へと移住する決意をしました」
古民家には虫とネズミが住みつくも…
移住先の島を本格的に探し始め、最初に候補となったのは八丈島ではなく、長崎県の五島列島だった。
「五島を舞台にした『ばらかもん』という大好きなアニメがあるのですが、その作中の島の生活が温かくほっこりしていて、とても羨ましかったんです。
さっそく空き家バンクで見つけた古民家を実際に内見して、そのうちの1軒がとても気に入りました。しかし、みんなと仲良くなりたい、いつか家族がほしい、と考えていた私にとって、五島はひとりで移住するには広すぎて、また島にあまり若い人がいないのも寂しく感じました。
麻雀プロの活動を続けていたため東京へのアクセスがよくなかったのも不便と考え、断念したんです」
この段階で東京の自宅は退去届をすでに提出しており、1ヶ月以内に移住先を決めなくてはいけない。そんな時間的制約があるなか、続いて下見旅行へと降り立った八丈島の自然に圧倒された。
「飛行機を降りた瞬間に直感的に『あ、ここに住もう!』と思いました。なんというか、空気感がすごくよかったんです。夜、飲みに行った居酒屋を見回してみると若い人が目に入ったのも心強かった。
それで地元の人の紹介で運良く家も見つかり、すぐに移住しました。ペットが4匹いたり家財や車を船で運ばなきゃいけなくて、引っ越し費用は総額で76万円くらいかかりましたが(笑)」
こうして始まった島生活。もちろん、いいことばかりではない。
「新居の古民家は築50年で前の人が出ていってから3年ほど経っており、アリやネズミが備えつけの家具みたいに一緒についてきました(笑)。駆除はしましたが、自然豊かな環境なので、完全に回避するのは無理です。もともと虫はそこまで苦手じゃないからすぐ慣れましたけどね。
慣れたといえば、島の人たちの距離感の近さ。島暮らしをはじめたとき、初対面の方でも『お家どこ?』なんて気さくに聞かれることがよくありました。実は東京でストーカーの経験があったので、最初は少しドキドキしていました。
でも、それはみなさんの純粋な親切心だとすぐにわかりました。おうちに帰ってくると野菜や差し入れが玄関に置いてあることもあり、感謝しています」

