NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』が好評を得ているが、戦をするには金がいる。ときに戦は財力の戦いでもあったため、戦国武将たちは軍資金を貯えるのに余念がなく、その一部が埋蔵金として現代にも伝わっている。
そんな“戦国のお宝伝説”の残る8つの有力地を短期連載でご紹介。第1回目は山梨県に残る武田信玄の財宝だ。(全5回中の1回)
ぶどう園から出た金貨20点 1億円で博物館が買い取り
1971年(昭和46年)に山梨県勝沼町(現甲州市)のぶどう園から、武田統治時代の甲州金計20個が掘り出された。不ぞろいな形をしたこの金貨は現存するものが極めて少ない。そのため、2011年には1粒およそ500万円、計約1億円で山梨県立博物館に買い取られ、話題を呼んだほどだった。
もっとも、こうした発見歴があるためか、武田信玄の埋蔵金は、かなり信ぴょう性の高い伝説の一つに数えられている。埋蔵場所にも複数の言い伝えが存在するが、その中でも近年は極めて確度の高い場所が二カ所あるといわれているのだ。
一之瀬渓谷に伝わる金の延べ棒
その一つが、甲州市の山中にある一之瀬渓谷。ここでは明治の末ごろ谷底に落ちて絶命した男が発見され、持ち物の中に10本の金の延べ棒とそのありかを記したとおぼしきメモが見つかった。メモに書かれていた隠し場所は高さ50〜60メートルの深い谷へ降りる途中の崖に掘られた洞穴で、腕の形をした大木と三つ並んだ大岩が目印だったという。
ただ、現在は一昨年の台風による大雨で崖が崩れ、渓谷沿いの山道はふさがれたまま。埋蔵金の隠し場所に近づけない状態が続いていたという。
