『時をかける少女』や『サマーウォーズ』などヒット作を手掛けてきた細田守監督の展覧会「細田守の原点/展」が、2026年6月20日から開催中だ。家族で楽しめる作品でありながら、どこか仄暗さを帯びる細田作品。そのまなざしはどこから来たのか。女性キャラクターの描き方、制作が中断した『ハウルの動く城』。挫折と再起を経て、細田監督の現在地を聞く。〈前後編の前編〉
東映で培った女性キャラクターの描き方とジレンマ
──細田監督は東映時代に『おジャ魔女どれみドッカ〜ン!』(2002~2003年放送)『ひみつのアッコちゃん(第3作)』(1998~1999年放送)など、女の子向けの作品にも携わっていますよね。そうした経験は、女性キャラクターの描き方にも影響していますか?
細田守(以下同) そうですね。東映アニメーションは特徴的な女の子の描き方をしているような気がします。
人は成長する中で、社会性を帯びていく。抑圧されることもあるし、自分から縛られていってしまうこともある。でも、東映の女の子向け作品は、その手前にいる子どもたちに向けて作られているんです。
──社会から「女の子らしさ」を求められる前、ということでしょうか。
みんなではしゃいだり、けんかしたり、一歩踏み出したり。社会的な規定に組み込まれる前の子どもたちに、もっと自由な姿を見てもらいたい。その精神は、歴史的に培われているものだと思います。
──細田監督はワシントン・ポストのインタビューで「日本のアニメーションは見る側の欲望に寄せて描かれてきた」といったことを話されていました。女の子向け作品を作ってきたことへの矜持もあるのでしょうか。
多少色がついている部分はありますが、基本はそうだと思います。
女性を色っぽく描くことを批判したいわけではない。表現にはいろいろな形がありますから。ただ、それが女性の尊厳や主体性を奪うことにつながっていくのは問題だと思っていて。
そのうえで、自分にはそういう描き方ができない。それは僕の限界でもあるんです。
──限界?
あの記事は、自己批判的な側面がありますね。自分は手法としてそれができないから、人間の成熟を別の形で描こうとしている。でも、やっぱりジレンマはある。
「再起不能だと思った」人生最大の挫折
──スタジオジブリに出向して制作した『ハウルの動く城』は、細田さん版のプロジェクト自体が頓挫し……当時、おいくつでしたか?
33歳の時に声をかけてもらって。「やっと長編が作れる」と思えて嬉しかった。それから2年で頓挫して……35歳ぐらいかな。
当時、スタジオジブリでは『千と千尋の神隠し』も制作中で、主要なスタッフはそちらに注がれていた。そういう事情もあって『ハウル』は自分で頭を下げて仲間を集めたものの、頓挫してしまった。みんなに示しがつかないですよ。申し訳なくて。
──どうして崩れていったのでしょう?
宮﨑(駿)さんに直接「ダメだ」と言われたわけではありません。でも、求められていることと、やりたいことが合っていなかったのだと思います。
『ハウル』の原作は、歳をとる呪いをかけられたソフィーが主人公で、彼女は少女であり老婆である。その両義性に対してどこに決着をつけるのかという話だと思うんです。時間のズレ、年齢のズレ、さまざまな行き違いが生まれる。ズレの生じる人生の中に、何を見つけるか。それを描きたかった。
──ジブリの『ハウル』はキャッチコピーが「ふたりが暮らした。」だったので、違う答えを求めていたのかもしれないですね。
僕は宮﨑さんの『ハウル』を見ていないので、その答えを知らないんです。でも、違ったんだろうなと思います。
──『ハウル』の後には、アルバイトもされたそうで。
食っていけないからね(苦笑)。運送業のバイトをしながら、『おジャ魔女どれみ』やCGの仕事でなんとか生活していました。
ネットでは「東映は細田を優遇している」と書かれていましたけど、演出料は3か月で30〜45万円ぐらい。だいたい3か月かかるので、月給にすると10万程度です。でも、仕事をいただけるだけでもありがたかったです。再起不能だと思っていましたから。

