消したのは泣き顔の写真だった
彼女と初めて小旅行に行った日、俺は何枚も写真を撮りました。海沿いの道を歩く彼女、カフェの前で笑う彼女、坂道でこちらを振り返る彼女。どの写真も、あとで見返したいと思えるものばかりでした。
その中に、彼女の顔がはっきり写った写真が1枚ありました。撮った直後は、いい写真だと思っていました。けれどあとから見返すと、その表情が少し違って見えました。笑っているようで、泣いたあとを隠しているようにも見えたのです。
旅行の途中、俺の言い方がきつくなった場面がありました。道に迷って焦っていた俺が、彼女に当たるような言い方をしてしまったのです。彼女は「大丈夫」と言いましたが、そのあと少しだけ距離を置いて歩いていました。
後ろ姿だけは残したかった
俺はその顔の写真を消しました。彼女があとから見返したとき、嫌な気持ちになるかもしれないと思ったからです。でも本当は、彼女のためだと言いながら、泣かせてしまった場面を自分が見返したくなかっただけかもしれません。
消したあとも、別の写真は残しました。彼女が少し前を歩いている後ろ姿の写真です。海沿いの坂道で、髪が風に流れていて、こちらを振り返る前の1枚でした。その写真を見たとき、俺はこの人とこれからも歩いていきたいと思いました。
だから、後ろ姿だけは消せませんでした。顔が写っていないから大事ではない、というわけではありません。むしろ、その写真には俺の気持ちが一番残っていました。
