旅の気持ち、土地の風景を残された記録から推察
100年前の下北半島付近は、乗り換えを重ねれば、東京から下北半島まで鉄道で移動できるようになったころだそうです。ご本を見ると、移動手段は他にも船や車があることが分かり、旅する方法としてはいまとあまり変わりがない様子。掲載された写真に写る街並みや、ホテルの前に停められた車からは、当時ならではの雰囲気がうかがえます。
しかし、暮らしが変わっていくことへの驚きや寂しさは、100年前の人々も抱いていたようです。ご本では、田山が鉄道の発展によって「ぽくぽく馬に乗って辛うじて一日かかりで着いた路! しかし今はもうさういふことをしたくも出来なくなった」と、移動手段の変化と、それに伴う気持ちをつづっていることが示されます。
きっと、見ていた光景や体験していたことは現代とは違うのに、共感できる部分や今にも通じる感覚がご本からにじみ、100年前の人々に親しみを感じさせてくれます。
流れる時代を、人を、包み込むまなざし
そんな中、作者さんは100年前にはにぎわっていた土地の様子を今に伝える資料の少なさを感じ、その理由には戦争に由来する情報の取り扱いの厳しさがあったのではと推察されています。
時は日露戦争のころ。下風呂温泉に海辺の要所として見張り所があったこと、対岸に位置する函館では観光客であっても、スケッチや撮影をとがめられるような状況だったことなどから、記録が残りにくかった面があるのではと……。けれど、作者さんはそこからも視点を広げ、当時、海軍の練習艦に乗っていた機関兵が残した恐山の感想を見いだし、彼らの足取りにつなげています。
いつも当たり前にあることは、いつも同じではなく、たった100年でじわじわと、時に劇的に変わってきました。ご本では、残った記録をさかのぼり検証する面白さとともに、記録や資料を残すこと、情報を制限された影響へも思いをはせます。本書では、著名な文筆家が残した旅の記録と、一般の人々の足取りが、同じ土地を軸に重ねられています。ページをめくるうちに、100年前の光景や、そこに生きた人々へ少しずつ近づいていくように感じられました。

