
猫を複数飼っている人なら、きっと見たことがあるでしょう。
一匹の猫がもう一匹の頭や耳のあたりを、ペロペロと丁寧に舐めている「毛づくろい」の光景。
見ているだけで温かい気持ちになりますし、思わず「うちの子たち、仲がいいなあ」とつぶやきたくなります。
実際、科学の世界でもそう考えられてきました。
猫が別の猫の体を舐める行為——専門的にはアログルーミングと呼ばれます——は、長年にわたり「友好の証」「社会的な絆の表れ」として分類されてきたのです。
ところがベルギーのゲント大学(UGent)らの研究チームにより、猫同士の毛づくろいは「友好の証」とは限らず、相手への「静かな圧力」として機能している場合もあることが示されました。
しかし、なぜ毛づくろいが圧になり得るのでしょうか?
研究内容の詳細は2026年5月7日に『Applied Animal Behaviour Science』にてオンライン公開されました。
目次
- なぜ「舐め合い=友情」と思われてきたのか
- 猫の毛づくろいは相手への「圧」にもなる
- 本音は「毛づくろい+α」で見る必要がある
なぜ「舐め合い=友情」と思われてきたのか

相手を舐めてあげる毛づくろい(アログルーミング)は、サルもウマもウシも鳥も、さらには昆虫まで、動物界のあちこちで見られる行動です。
こうした行動には、大きく分けて三つの役割があると考えられてきました。
一つは衛生面——自分では届かない場所をきれいにしてもらうこと。
もう一つは生理面——他の動物では、舐められた側の心拍数が下がるなど、リラックス反応が報告されていること。
そして三つ目が社会面——仲間との絆を深める、という役割です。
猫の場合、特に注目されてきたのは三つ目の「社会的な絆」のほうでした。
野良猫のコロニーを観察した研究者たちは、毛づくろいが仲の良い猫同士、特に血のつながりのある猫や、長く一緒に暮らした猫の間で多く見られることに気づきました。
身体をぴったりくっつけ合ったり、鼻をこすり合わせたりといった行動とセットで観察されることも多く、獣医学の教科書でもこの行為は「友好的」「親和的」な行動として紹介されてきたのです。
しかしベルギー・ゲント大学で猫の行動を研究するモルガン・ヴァン・ベル氏はこの定説に引っかかりを覚えていました。
きっかけは、ごく個人的な場面です。
自宅で飼っている2匹の猫の様子を眺めていたときのこと。
1匹が窓際の日当たりの良いお気に入りの場所で、気持ちよさそうに寝転がっていました。
するともう1匹が近づいてきて、寝転がっている猫を舐め始めたのです。
微笑ましい光景に見えます。
でも、結末は意外なものでした。
舐められた猫はしばらくすると立ち上がり、その場を譲ってどこかへ行ってしまったのです。
そして、残ったもう1匹が空いた日当たりの良い場所に悠然と寝そべりました。
友好的サインと思われていた毛づくろいの結果が「立ち退き」だったわけです。
そこでベル氏は毛づくろいには「友好」だけではない、別の意味があるのではないかと考え、この直感を科学的に調べることにしました。
調査にあたっては、2匹の猫を飼っている家庭(53世帯)に、猫同士のやり取りを動画で撮影してもらい、計106頭の猫の行動を23の項目にわたって詳しく分析したのです。
本当に猫たちの毛づくろいには「圧」が込められていたのでしょうか?
猫の毛づくろいは相手への「圧」にもなる

分析を行うと、直感と整合する行動パターンが得られました。
猫同士の毛づくろいは、一枚岩の行為ではなく、そこには少なくとも二つの、対照的な文脈につながる行動パターンがありました。
一つは、従来の定説どおり、毛づくろいが友情や親密さの表れとして行われているケースです。
そしてこのとき、姿勢や行動にも友好的な関係を示す特徴もありました。
毛づくろいの前後で、猫同士が身体をぴったりくっつけ合って寄り添っていること。
そして、二匹が同じポーズをとっていること——ともに寝そべっている、ともに座っているといった具合です。
こうした「姿勢の一致」が見られるペアほど、身体を密着させている時間が長いことが統計的にも確認されました。
これは人間でも起こる現象です。
たとえば、カフェで向かい合った仲の良い友人同士が、無意識のうちに同じ姿勢で頬杖をついている。
あの自然な同調と似たことが、猫の間にも起きているのです。
さらに、毛づくろいの後にじゃれ合い(レスリング)へとつながる流れも見られました。
毛づくろいが「遊ぼうよ」という誘いとして機能している場面もあったのです。
ところが、もう一つの文脈はまるで違いました。
猫同士の間に静かな対立や気まずさがあるとき、同じ毛づくろいでも、姿勢や行動にはまったく別のパターンが現れたのです。
注目すべきは姿勢の「ズレ」です。
片方の猫が立ってもう片方を見下ろすように舐めている。
あるいは、一匹が相手に覆いかぶさるような体勢になっている。
こうした非対称な姿勢は、二匹の間に何らかの緊張があることを示唆しています。
また舐められた側は、耳を後ろや横に向ける動きを見せました。
これは不快や苛立ち、恐れの手がかりになり得ます。
他にも猫たちには「舌なめずり、あくび、頭をぶるっと振る、自分をかく」など、緊張したときについ出てしまうクセのような動作が見られました。
さらには、こうした緊張をはらんだやり取りの中で、前脚で相手を叩いたり(いわゆる猫パンチ)、軽く噛みついたりする場面も観察されました。
研究チームは、猫が日当たりの良い昼寝スポットのような「お気に入りの場所」をめぐって、相手を舐めることでまるで「ここは自分の場所だ」と伝えるように働いている可能性があると示唆しています。
つまり、穏やかな交渉の手段あるいは「圧」として機能していた可能性があるわけです。

