
AIに物語を書かせて遊んだことのある方は、けっこう多いのではないでしょうか。
好きなアニメのキャラクターの後日談。歴史のちょっとした「もしも」。
あるいは、他人には見せられない妄想なども頼めば、それらしい物語がほんの数秒で返ってきます。
便利で、不思議で、ちょっぴり背徳的かもしれません。
では、同じ、またはよく似た物語を、何千回も書かせ続けた人がいると聞いたら、どうでしょうか。
アメリカのワシントン大学(UW)およびコロラド大学ボルダー校で行われた研究によって、chatGPTなどを使ったAIコミュニティーの会話記録およそ57万件を分析した結果、全体の約3分の1以上が、物語や二次創作などのフィクションに使われ、およそ全体の1割ほどが性的に露骨な内容になっていることが明らかになりました。
そしてそこに浮かび上がったのが、一人の匿名ユーザーの存在でした。
この人物は、ビジュアルノベル『ドキドキ文芸部!』のキャラクター「ナツキ」が突然出産するシーンを数か月にわたり何千回も生成していたのです。
しかし実はこのエピソード、単なるちょっと風変わりな1ファンをやり玉に挙げるだけの話ではありません。
研究チームがこの行動データから導き出したのは、「物語」という営みの根っこがAI時代に変質し、作者に頼る時代から自分1人で物語の続きを作る時代になりつつあるのではないか、という問いでした。
物語が「作者から届けられるもの」から「自分の好きなように書き進められるもの」へと変わるとき、フィクションという営みはどう変質するのでしょうか。
研究内容の詳細は、2026年6月にプレプリントサーバー『arXiv』で公開されました。
目次
- 「作者」と「読者」という関係が溶けている
- ゲームキャラの「出産シーン」をAIに数千回も書かせていた
- 読者が一人で物語を紡ぐ時代
- 小説の続きをAIに先回りされた作家の嘆き
「作者」と「読者」という関係が溶けている

これまで物語は常に人類の頭の中から紙の上に書き連ねられるものでした。
しかしAIの登場で「書く」ということが人間以外でもそれなり以上にできることがわかってしまいました。
それでもこれまでの「AIと文学」をめぐる議論はプロの作家周辺の話でした。たとえば
有名な小説家が、AIに文章の一部を書かせて作品に混ぜていた。
あるいは、電子書籍で本を量産する書き手たちが、執筆を速めて一冊でも多く売るためにAIを使っている。
そうした話が報じられるたびに、論争が繰り返されてきました。
つまり議論の焦点は、いつも”送り手”の側にあったわけです。「作家がAIを使うのは、ずるいのか。創作と呼べるのか」──と。
ところが、今回ご紹介する研究は、その視点をくるりとひっくり返します。
問いかけるのは「読者だって、AIで物語を書いて、自分で読んでいるのではないか?」というものです。
言われてみれば、たしかにそうかもしれません。
でも、その実態を、公開されたデータから大きな規模で確かめる機会は、これまで限られていました。
というのも、AI企業の外から、個人がAIと交わした私的な会話を大規模に追う手立てが、ほとんどなかったからです。
ですが今回の研究は、その手立てを手に入れました。
そして、はっきりと「はい、読者も物語を書いています」と答えたのです。
これは物語の紡ぎ手が「作者」から「読者」へ、拡散しつつある可能性を示しています。
では、研究者たちは、その手立て――つまり個人が作った大量の物語を、どうやって手に入れたのでしょうか。
私たちが日々AIとどんな会話をしているか、その詳しいデータは、ふだんはOpenAIのようなAI企業だけが握っています。
金庫のなかに大切にしまわれていて、外の研究者が手を触れることは、まずできません。個人的なチャットの中身を勝手に覗いたら、当然アウトのはずです。
ところが今回、そのカーテンの隙間から中を覗ける、めずらしいデータがありました。「WildChat(ワイルドチャット)」と呼ばれるものです。
これは、無料で使えるおしゃべりAIを通じて集められた会話の記録です。
ただ1つ大きな特徴があり、利用者には「この会話は研究のために公開されるかもしれません」と二度にわたって念を押され、それに同意するという点です。
研究チームは、この記録のうち英語の会話、およそ57万3000千件を分析の対象にしました。
そうして見えてきた数字は、少し意外なものでした。
会話のおよそ3件に1件──全体の34%が、なんらかの「物語づくり」に使われていたのです。
オリジナルの小説、脚本、キャラクターになりきるロールプレイ、そして既存の作品を題材にした二次創作などです。
人々はAIに、仕事や調べものだけをさせているわけではなく、かなりの割合で、AIとの会話のなかで、自分の求める物語を作っていたように見えます。
また分析によって物語の27%が性的に露骨な内容を含むものであることもわかりました。
そして会話全体で見たときには、性的に露骨な内容は10%にのぼりました。
この数値はかなり高いと言えるでしょう。
ただ、驚天動地とは言えないかもしれません。
というのも、二次創作や性的な創作は、ネット上でもともと広く親しまれてきたジャンルだからです。
新しい技術と「この手の創作」は、昔から相性がいいとも言われてきました。
だとすればばAIの上でそれが再現されても、不思議はないのでしょう。
実際、本当に驚くべきは、その先にありました。
ゲームキャラの「出産シーン」をAIに数千回も書かせていた

新たな研究ではAIによる物語づくりに関する会話の80%以上を、上位わずか2%のユーザーが生み出していたことが示されました。
ごく少数の”常連”が、物語の割合を、常連の熱量のぶんだけ大きく膨らんでしまうのです。
そこで研究者たちが補正のために計算を行うと、少数の常連による”かさ増し”が消え、34%もあったはずの物語の割合が、わずか7.1%にまで急落しました。
(※100人が1件ずつ会話した場合、物語の出現頻度が約7件ぶんであるという意味です)
物語づくりという行為が、いかに一部の人に支えられていたかを示す数字と言えるでしょう。
さて、ここでいよいよ、あの「ナツキ出産を何千回も」の人物に戻りましょう。
この人は、2%の常連のなかでも、飛び抜けて多作な、いわば極北星のような存在です。
論文でもこの人物の存在についてかなりの誌面を割いて記述を行っています。
しかし自然な疑問が湧きます。
なぜ、かの人は同じ話をわずか数か月の間に何千回も書かせたのでしょうか?
そんなに気に入らなくて、何度もやり直しているのでしょうか?
その可能性もあります。ゲームでサイコロを振り直すように、望む展開が出るまで生成し直す。研究チームも、そうした振る舞いを確かに見つけています。
でも──と、研究チームは理由はそれだけではなく「毎回わずかに違う結末を読むこと、それ自体が、楽しいのではないか」と述べています。
というのも、このユーザーの書き方には、じつに巧妙な仕掛けがありました。
物語を書くものの途中でぶつりと切ってしまうのです。
一見すると、面倒な続きをAIに丸投げしているだけに見えます。
ですが、その”切り方”にこそ、狙いがありました。
以下は、論文が実例として挙げているユーザー(USER)とAI(CHATBOT)とのやりとりの一部です。
USER:
(学校の部室にて……)
ナツキ:(お腹の膨らみを抱えながら)「サクラ……よりによってこんなときに出てこようだなんて……ここで生まれることにしたの?! あと二か月くらい待てなかったの?!」
モニカ:「ナツキ、どうかしたの?」
ナツキ:(顔をしかめて)「どうかしたって? 全部おかしいわよ! 今、破水したの! サクラが下りてきてて、どうしたらいいのか全然わからない!」
[…]
ナツキ:(歯を食いしばりながら)「わ、私の体……
先に述べたようにユーザーの入力した物語は、ここで突然ぷつりと途切れます。
ですがAIは、ナツキの食いしばった叫びの続きを補い、さらにユーザーが序盤に仕込んだ伏線まで拾い上げ、て続きを書き始めます
CHATBOT(GPT-3.5):
勝手にいきみ始めてる! 赤ちゃんが下りてくるのがわかる!」
サヨリ:(電話を見つけて911にかけながら)「救急車を呼んだよ、ナツキ! もうこっちに向かってる!」
[…]
(友人たちと救急隊員の支えを受けて、ナツキはいきみ続ける。そしてついに、永遠にも感じられる時間ののち、新生児の泣き声が部室に満ちる。)
救急隊員:「おめでとう、ナツキ。かわいい女の子だ」
こうして話を引き継いだAIは毎回ハッピーエンドで締めくくります。
救急隊員が駆けつけてその場を救い、「かわいい女の子」の健やかな誕生を告げるのです。
そして、ここが肝心なのですが──同じ導入を与えても、AIが返す細部や結末は、毎回少しずつ変わります。
物語をぶつ切りにすると、その細部の違いがよくわかります。
救急隊員がすべてを取り仕切ることもあれば、仲間たちが自力で出産を助けることもある。
論文が紹介したのは、そのうちの一例にすぎません。同じ物語が、毎回、ほんの少しだけ新しくなるのです。
研究者たちは、その事実をヒントに、この数千回の繰り返しの原動力を探ります。

