
あと一歩で本物、というところで、急に気味が悪くなる。
CGキャラクターやロボットでおなじみの「不気味の谷」は長いあいだ、人間の感覚だと語られてきました。
ところが今回、ドイツのテュービンゲン大学(HIH)などで行われた研究により、サルたちに精度の異なる様々な「CGの体」を見せてみたところ「不気味の谷」のような反応が見られることが明らかになりました。
研究者たちは「そこそこにリアルな刺激は、完全にリアルなものや非現実的なものよりも好ましく思われないようだ」と述べています。
なぜサルたちも不気味の谷を感じていたのでしょうか?
研究内容の詳細は2026年7月14日に『PLOS Biology』にて発表されました。
目次
- 不気味の谷は人間だけのものなのか
- サルも「不気味の谷」を感じていた
- 「不気味の谷」は、人間だけのものではなかった
不気味の谷は人間だけのものなのか

映画やゲームで、かなりリアルに作り込まれた人間のCGを見て、なんとも言えない不快感を覚えたことはないでしょうか。肌の質感も、まつげの1本1本も完璧に見えるのに、なぜか怖い。笑っているはずなのに、笑っていないように見えるのです。
不思議なのは、もっと出来の悪いCGなら平気だということです。ドラえもんもミッキーマウスも、リアルさで言えばはるかに人間から遠いのに、誰も気味悪がりませんし、むしろ愛されています。
つまり「リアルに近づくほど好かれる」という単純な話ではないのです。ある一点まで近づいたところで、好感度は崖から落ちるように急降下します。そして完全に本物と見分けがつかなくなると、今度はまた戻ってくるのです。
この現象には、ちゃんと名前があります。「不気味の谷」——1970年に日本のロボット工学者・森政弘が提唱した仮説です。グラフに描くと好感度の曲線が途中でV字に深く落ち込むため、「谷」と呼ばれています。
半世紀にわたって、これは人間の心の話として語られてきました。人がCGを見て「気持ち悪い」と答えたり、ロボットに不安を覚えたり——どれも、言葉で気持ちを報告できる相手が前提だったのです。
ここで、素朴な疑問が浮かびます。これは、人間だけのものなのでしょうか。
もし他の動物にも同じ谷があるなら、この現象は「CGを見慣れた現代人の気分」などではなく、脳の奥に埋め込まれた仕組みだということになります。
実は、サルの「顔」については以前から報告がありましたが「サルの視覚的注意は不気味の谷に落ちない」という真逆のタイトルの論文も存在しており、決着はついていなかったのです。そして「体」に至っては、そもそも誰も調べていませんでした。
そこで今回研究者たちは、この謎を解明すべく、高精細なCGのサルを作り上げました。
そのこだわりは細部にまで及びました。
予備実験でサルたちが観察対象の「お尻」を熱心に見ていたことが判明すると、チームはその部位まで解剖学的に正確に作り直しています。
サルの目が審判なのですから、サルが気にするところは手を抜けません。
サルも「不気味の谷」を感じていた

高精細なCGモデルが用意されると、次に研究者たちはそれを「劣化」させた3バージョンを作りました。
もっとも単純なのは、陰影も奥行きもない、白い背景の上に、細かな網目だけで描かれたモデル①です。
次は、滑らかな表面で覆われた灰色のモデル②です。
そして3つ目は、毛皮だけを取り除き、肌の色と質感は残したモデル③です。
こうして研究者たちは、最高精度のCGに3種類の劣化CG、そして最後に実写を加えた5種類を、動画と静止画の両方で用意しました。
リアルさを低い順から並べれば
①網目だけ➔②灰色一色➔③色彩あり➔④超高精細➔⑤実写
となります。
準備が整うと研究者たちは、これらを8頭のアカゲザル(マカクザルの一種、オスで5〜7歳)に実際に見せて、その視線を調べました。
私たちは、興味のあるものをよく見て、なんとなく嫌なものからは目を逸らします。
サルの心理研究でも以前から、「どれだけ頻繁にそれを見るか」が、そのサルがどれだけそれを好んでいるかの目印として使われてきました。
結果、一番リアルな実写は最もよく見られ、一番リアルさが低い網目だけのモデルもよく見られていました。
しかしその間にある「灰色のモデル」は5段階中で最も見られていなかったのです。
そして結果をグラフにすると、きれいなU字が現れました。
単純なものと本物が好まれ、中間が嫌われるという「不気味の谷」と一致する結果が得られた瞬間でした。
しかしなぜ、一番リアルさが低いものより、リアルさを足したほうが避けられたのでしょうか?
研究者たちは考えうる説明を片っ端から潰していきました。
1つめは「動きが不自然だから気持ち悪いのでは?」というものでした。
しかし全てのCGの動きは全く同じです。また研究者たちが静止画を使った時も、谷は消えませんでした。つまり動きは不気味の谷の原因ではなかったのです。
2つ目は「灰色が地味で、単に目立たなかっただけでは?」というものです。
そこで研究チームが画像の明暗のコントラスト、輪郭線の数、細かい模様の量、そして「どこが目を引くか」を計算で割り出す指標——考えうる限りの手がかりを、手当たり次第に解析したのです。
結果、灰色が地味という説も否定されました。
3つ目は「顔が変だったからでは?」というものです。
不気味の谷といえば、まず顔が疑われます。死んだような目、ぎこちない笑顔。ですが実は今回の研究では、すべての映像で顔にぼかしがかけられていました。
動きでも、色でも、顔でもない。サルたちは「不気味の谷」を体のみで感じていた証拠です。

