人は住まいを選ぶ際、単なる物件の条件だけでなく、そこに宿る先住者の「念」や過去の「記憶」を無意識に感じ取ろうとする。家は住人の心を映す鏡であると同時に、時に人を蝕む「モンスター」へと変貌し、不吉な連鎖を呼び寄せることがある。
大塚ひかり氏の書籍『事故物件の日本史』より一部を抜粋・再構成し、日本人が向き合ってきた「事故物件」の成立条件とその歴史的背景を探る。
人を蝕むモンスター物件
引っ越す時、家を買う時、前にどんな人が住んでいたのか、なぜその家を手放すことにしたのか、気になることはないだろうか。
結婚や転勤といった理由であれば安心だが、家族に立て続けに不幸があった等の理由だと、そこに不吉なものを感じて、「縁起でもない」という気持ちになったりする。
まして近隣トラブルがあったことが分かった場合には、自分も同じような目に遭う可能性もあるし、殺傷事件などがあった日には、犯人が現場に戻ってくる可能性もあることを思えば(松原タニシの『事故物件怪談 恐い間取り』を読むと、実際そうしたこともあるようなので怖い)、その不安感は根拠がないものとは言えまい。
ここまで目立ったことはなくとも、先住者が不幸続きだった家より、平穏無事に暮らしていた家に、できることなら住みたいと思うのが人情だ。
それは、家が人に及ぼす影響力の強さと共に、家には住んでいる人の「念」のようなものが宿ることを無意識に信じているからかもしれない。
「念」と言うと大げさだが、家というのは良くも悪くも住んでいる人の心模様……心の内を反映する。
「断捨離」の提唱者であるやましたひでこは、「家は人なり」といった趣旨のことを常々言っていて、実際、家を見れば、その人の性格はもとより暮らしぶりが分かるものだ。
乱雑な家には、乱雑な暮らしをしている人が住んでいる。乱雑な暮らしをしていると、家はますます乱雑になって……というループにはまる。その逆もあって、家を整えると、しばしば暮らしそのものが整ってくることは、やました氏の番組「ウチ、“断捨離”しました!」を見ていると分かる。家は、人間の皮膚か内臓のように、その人を形作るのだ。
そうした先住者の「記憶」が、家にはしみついていると、心のどこかで感じているから、人はそこに住まう時、先住者がそこを引き渡すに至った「事情」が気になるのだろう。
とはいえ、先住者がいくら乱雑な暮らしをしていても、次に住む人がすっきり綺麗な暮らしをすれば、家はおのずと整っていく。先住者がどんな暮らしをしていようとも、よほどの事件性がない限り、その「記憶」は受け継がれないはずだ。
それが普通なのだが、中には、ちょっとやそっとのことでは浄化されない、不吉なことが繰り返される手ごわい家というのもあって、理由としては風の通りが悪いとか、地形的に問題があるといった要素もあるのだろうが、何の理由も思い当たらず、それはもう先住者たちの「念」がしみついて「家」自体が人を蝕むモンスターのようになってしまったとしか思えないような、そんなオカルトめいた物件も、大島てるの事故物件サイトを見ていると、存在するように思う。
映画『シャイニング』のホテルの場合
その伝で言うと、映画『シャイニング』の舞台となったホテルは、まさに人を蝕むモンスターとしか言いようのない物件だ。
ここで「シャイニング」のあらすじを説明すると……。
アルコール依存症を患う小説家志望の主人公ジャックが、冬のあいだだけ閉鎖して営業停止している山頂のホテルの管理人をつとめることになる。そのホテルというのが、過去に管理人が妻子を殺したという曰く付きの物件。それと知りながら、ジャックは妻子と共に住み込んだあげく、自身も悲惨な事件を起こしてしまう。
そうなのだ。このホテルは、住む人を不幸にする「凶宅」なのである。
不幸を呼ぶ家という概念は、洋の東西を問わないんですね……。
作品の中で「呪われたホテル」(スティーヴン・キング、深町眞理子訳『シャイニング 下』)と呼ばれているこのホテルが、なぜ凶宅になったのかというと……このホテルで起きたスキャンダルや事故で死んだ人間の「念」が、ホテル自体に力を持たせ、生きている者(主人公のジャック)に取り憑いて家族を殺すように命じ、その霊力をいっそう強化しようとしている、という設定だ。つまりは過去の度重なる悲劇が、今の悲劇を呼んでいる。
加えて、凶宅の餌食にされる者は、ジャックのように、アルコール依存症で暴力的な父と、「意気地のないめそめそ女」の母のもとで育ち、自身もアルコール依存症で暴力的という心の闇と心の隙、弱さと不満を持つ人間であることが浮き彫りになる。
凶宅もといモンスター物件も、相手を選んで襲っているわけだ。
もしもジャックが、やましたひでこのような、あるいは三善清行のような人物であったら、そこは浄化されていたのではないか。この発想は、私の考える事故物件的に大事なポイントとなってくるのだが……そもそもなぜ凶宅というものができるのかについて、考えてみたい。

