「この次の10年まで僕、生きてんのかしらと思います」
昭平さんによれば、7人は事件前に有平さんを暴行したことは隠さず語っているがマットに逆さに押し込んだことは否認していたという。だが結局、こうした調書を検討した裁判所は刑事裁判にあたる手続きと民事訴訟の両方で7人全員の関与を認定した。
「真実を知りたいと思い民事訴訟を起こしました。なぜなら少年事件だから自分のせがれのことなのに新聞を通してでしか捜査の進捗状況がわからなかったわけです。その訴訟で一審は負けましたが仙台高裁で勝訴し、本当に、ようやくこれで真実がまかり通ったと思いました」
勝訴できたのは父親の代から付き合いがあった弁護士が事件直後から支援を申し出てくれたことが大きかったという。
「裁判をどうやって起こすのかは(知られておらず、裁判は)日本ではまだ敷居が高いんじゃないかなと思います。(ほかの事件の遺族らから)何回も聞かれたのは『最初にどっから手をつけたらいいんだ』とか『どの弁護士に相談すればいいんだ』ということでした。そういう意味で僕はいろんな意味で恵まれていました」
だが33年後の山形地裁の判決の後も、被告側弁護士は地元メディアに、
「今回当事者になっていない⼈も含め、元⽣徒7⼈が無罪を勝ち取るために引き続き頑張っていく決意である」
という趣旨のコメントを発表している。
今回被告の3人が支払い拒否を続け、給与の差し押さえもできなければ、10年経てばまた請求権が時効を迎える。そうなる可能性があると考えるかと尋ねると、昭平さんは、
「この次の10年まで僕、生きてんのかしらと思いますね」と短くつぶやいた。
(♯2へ続く)
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班

