
電気を流すのに、電池もコンセントもいらないと聞いたら、少し眉に唾をつけたくなるかもしれません。
けれどアメリカのミシガン大学(UM)で行われた研究により、電圧を一切かけないまま、光を当てるだけで、電子の流れる向きを狙って操ってしまう装置が開発されました。
研究チームは、これを「電子灯台」と呼んでいます。
研究室を率いるスティーブン・カンディフ氏は「この光はもはや、単に電流を流すだけのものではありません。電流の向きまで制御するのです」と述べています。
灯台のように光を回せば、電子の向きもついてくる・・・その仕組みには、量子の世界ならではの、意外なからくりが隠れていました。
この研究は、2026年7月16日付けで学術誌『Physical Review Letters』に発表されました。
目次
- 押される電流と、撃ち出される電流
- 光が電子を誘導する「電子灯台」
- 光の呼吸を電子の動きに翻訳できる
押される電流と、撃ち出される電流

私たちが普段使っている電流は、電圧という坂道で電子を押し流したものです。
スマホでもパソコンでも、中の半導体に電流が流れているのは、コンセントの作る坂道が、そこにいる電子を少しずつ動かしているからです。
ただ、この電子たちの旅は、思うほど颯爽としたものではありません。
物質の中には、不純物や結晶のゆがみが、そこらじゅうに転がっています。電子はそれにぶつかっては跳ね返り、また別のものにぶつかっては跳ね返り、を延々と繰り返しています。
遠くから眺めればきれいに流れて見えても、一粒ずつ追いかけてみれば、酔っぱらいが壁にぶつかりながら家路をたどるような、ふらふらの道行きなのです。
(※こういう流れ方を「拡散電流」と呼びます)
ところが、電子を流す方法は、これだけではありません。
もう一つ、光の力を借りるやり方があります。
半導体の中の電子は、ふだんは身動きが取れません。原子にしっかりつかまえられていて、少し押されたくらいではびくともしないのです。
けれど、そこへ十分なエネルギーを注ぎ込んでやると、電子はこの束縛から、ぱっと解き放たれます。
しかも、解き放つのに必要なぶんより多めにエネルギーを渡してやれば、余ったぶんは、そのまま飛び出す勢い、つまりスピードに変わります。
こちらは、押して流すのではありません。光でエネルギーを渡し、その場で「走れる電子」を新しく生み出しているのです。
生まれた電子は、弓から放たれた矢のように、決まった向きへ、決まった速さで、次に何かにぶつかるまで、まっすぐ飛んでいきます。
(こちらは「弾道電流」と呼ばれます)
ただし、ここに一つ、やっかいな問題があります。
ただ光を当てるだけでは、右へ飛び出す電子と、左へ飛び出す電子が、ちょうど同じ数だけ生まれてしまうのです。
右と左が同じ数。差し引きすれば、ゼロ。これでは、電流になりません。
そこで研究者たちは、光を2種類、用意しました。
光が電子を誘導する「電子灯台」

私たちの多くは、光とは滑らかな流れと思っています。
しかし実際の光は、エネルギーを粒の形でひとつぶずつ渡してきます。
この粒を光子と呼び、光の色が違えば、粒ひとつあたりのエネルギーの大きさも違ってきます。
研究者たちが用意した2種類の光は、この光子1粒あたりのエネルギーが違っていました。
ここでは、粒の大きい「高エネルギーの光」と、粒の小さい「低エネルギーの光」と呼ぶことにします。
どちらの光も、粒が一つきりでは、電子を束縛から解き放つには力が足りません。
高エネルギーの光なら2粒
低エネルギーの光なら3粒
それだけ集まって、はじめて一つの電子を解き放てます。
しかも、うまくできていて、どちらの方法でも、電子に渡るエネルギーの合計はぴったり同じになるよう調整されています。
そして研究者たちは、2種類の光を同じ場所にぴったり重ねて照射しました。
すると1つの電子の前には、主に2種類の選択肢が現れます。
1つ目は「高エネルギーの光」2粒を受け取って出ていく場合。
2つ目は「低エネルギーの光」3粒を受け取って出ていく場合。
です。
もし日本に100円玉だけでなく200円玉や300円玉があるとしたら、同じ600円の品物を、300円玉の2枚で買うか、200円玉の3枚で買うか。
その違いだと思ってください。
手に入る品物は寸分たがわず同じです。違うのは支払い方だけ。
そのため同じ場所にたどり着いた電子だけを見ると、速さも向きもそっくりで、どちらの払い方で生まれたのかを見分ける方法がありません。
私たちの日常世界なら、支払い方が2通りあったとしても、実際に払ったのはどちらか一方です。
しかし量子の世界では、そうなりません。
2種類の光がぴったり重なり合っていて、しかも生まれてくる電子がどちらの場合も同じであるために、どちらの払い方で射出されたのかを確かめる手立てが、どこにも存在しないのです。
そして確かめようがないとき、量子は「どちらか一方」に決めてくれません。
2通りの「生まれ方」が重なり合ったまま、1つの電子が飛び出すことになります。
ここで電子の波としての性質が効いてきます。
電子は、量子の世界では「波」としてもふるまい、波は、重なり方しだいで、強め合ったり、打ち消し合ったりします。
たとえば二重スリット実験では、2つのすきまに向けて、電子を一粒ずつ撃ち込んでいくと、まるで一つの電子が両方のすきまを同時にくぐり抜けたかのように、スクリーンに縞模様が浮かび上がります。
縞の濃いところは電子が届きやすい場所、薄いところは届きにくい場所です。
今回の研究でも、これとよく似たことが起きています。
ただし、縞模様が現れるのは平面的な板ではなく、電子が「飛び出す方角」のほうに、濃い薄いが現れるのです。
方角ごとに「生まれ方の重なり方」が違ってくるため、結果として電子が飛び出しやすい方向に、濃い薄いが現れるのです。
たとえば
右へ飛ぼうとする電子については出現しやすく
左へ飛ぼうとする電子については出現しにくい
といったような現象が起こり得ます。
結果として、右へ飛ぶ電子が優勢になります。
出現しにくい方角の電子は、生まれた後で取り払われたのでも、途中で向きを変えさせられたのでもありません。
確率の濃淡が方角によって決められているために、最初からその方向に出てこないのです。
こうして、電圧をいっさいかけていないのに、特定の方向に電子が出現する傾向が強まり、電流が流れることになります。
(この仕組みは「量子干渉制御」と呼ばれています)
そして、電子が飛び出しやすい方向は2つの要素で決められることがわかっています。
一つは、光の振動する向き(偏光)。
もう一つは、2種類の光が届くタイミングの、ほんのわずかなずれ。
光のこうした性質をいじるだけで、電子がどちらへ飛び出すかを、操れてしまうのです。
ただ昔ながらの方法では、電子の行先は大雑把に「右か左か」という粗いものでした。
たしかに右向きの電子のほうが多い。けれど、斜め右へ飛ぶ電子も、真横へ飛ぶ電子も、それなりに生まれてしまいます。
差し引きすれば右向きの電流になりますし、実際その電流はきちんと電極で測れていました。
ですが、それを「束」とは呼べません。
なんとなく右に寄った集団と、方角のそろった一本の束。この二つは、できることがまるで違います。
きれいな束になってはじめて、「どの方角を狙ったか」という情報を、電流に刻み込めるからです。
その差は、使う光の、粒の数でした。
昔のやり方は、粒の数が「1粒と2粒」の組み合わせですが、「高エネルギーの光」なら2粒、「低エネルギーの光」なら3粒と数が増えています。
しかしたったそれだけで、電子の飛び出す方角が、驚くほど狭くしぼり込まれたのです。
なぜ、粒の数を増やすと、向きがそろうのでしょう。
大事なのは、光の粒が束からはみ出てしまう電子を、そもそも生まれにくくして、真正面向きだけを残しす選別を行っているからです。
そして、このふるいは、光の粒を吸い込むたびに、一度ずつかかります。
ふるいが1枚だけなら、多少斜めでもすり抜けられるますが2枚、3枚と重なると、束から(真正面から)ずれた電子ほど、加速度的に振り落とされていきます。
(※吸収する光子の数が多い過程ほど、飛び出す電子の方角が、狭い範囲に鋭く集中します)
いわば、真正面からのずれを見張る「ふるい」のようなものです。
ふるいが1枚だけなら、多少斜めでもすり抜けられます。ところが同じふるいが2枚、3枚と重なると、真正面からずれた電子ほど、こぼれ方が加速していきます。
これが、光の粒を多く使う方法ほど、電子の束が細くなる理由です。
(※吸収する光子の数が多い過程ほど、飛び出す電子の方角が狭い範囲に鋭く集中します)
実際の測定でも、光を操作した時の電流の落ち方は、従来方式よりはっきりと急でした。
なんとなく左右に広がった集団ではなく、一本の束のように電子を誘導できることがわかったのです。

