光の呼吸を電子の動きに翻訳できる

こうして研究チームは、光で電流の向きを、狙いどおりに変えられることを示しました。
そして、光を操作すれば、電子の束もそれに合わせて向きを変えます。
まるで灯台が光で正しい方向を船たちに示すように、光によって電子の流れを起こせることから研究者たちはこの仕組みを「電子灯台」と呼びます。
しかも面白いのは、光が電子を直接押しているのではない、という点です。
押しているのではなく、要らない向きを消している。ここが、この装置のいちばん変わったところです。
さらに驚くべきは、流れた電流の小ささでした。
1兆分の1アンペア(ピコアンペア)という、とてつもなく小さな信号です。
そして、この装置はとにかく神経質です。
電流の向きと大きさは、2つの光がたどる道のりの、ほんのわずかなタイミングのずれで決まります。
そのため光の通り道の長さが数十ナノメートル——1ミリの数万分の1——ずれるだけで、信号は目に見えて変わってしまうのです。
実験装置を載せた頑丈な台を指でコツンと叩けば、それが電流に出る。実験室の空気がわずかにゆらいだだけでも、信号は変わってしまいます。
この装置を作り上げた博士課程学生のイミン・ゴン氏は「これほど微小で、普通なら目に見えない光の乱れが、そのまま測定可能な電気信号になるというのは驚きでした」と、語っています。
実際、実験の初期には、信号はノイズの海に沈んでいました。
信号を取り出すときの”ものさし”に使っていたレーザー自身の揺らぎが、大きすぎたのです。
研究チームがその揺らぎを数十万分の1にまで抑え込んだ瞬間、濁っていた波形の中から、きれいな縞模様が姿を現しました。
「量子干渉が、ノイズの中から結晶化したようでした」とゴン氏は振り返ります。
けれど、この途方もない繊細さは、裏返せばそのまま使い道になります。
光は毎秒数百兆回という、想像を絶する速さで振動しています。
電子回路にこれを直接追いかけろというのは、とうてい無理な相談です。
ところがゴン氏によれば、この装置は、その振動のわずかなタイミングのずれを、測定できる程度にまでゆっくりした電流の変化へと翻訳してくれるのだそうです。
速すぎて捉えられなかった光の呼吸を、電気の言葉に置き換えて読み取るという使い道が期待できるのです。しかも今回は、そこに「向き」の情報まで乗ります。
もう一つの使い道は、物質の中を覗くことです。
物質の中で、電子がどの向きへ動きやすいか。それを調べるには、これまで、電子を外へたたき出して、その飛び方を分析するやり方(角度分解光電子分光と呼ばれます)が主流でした。
けれど今回のやり方なら、電子を外へ取り出す必要がありません。光で狙った方角にだけ電子を生み出し、その電流を電極で読み取れば、それで済むからです。
研究チームは、この手法を育てていけば、電子のふるまいを裏で操っている「隠れた構造」をのぞく、新しい窓になるかもしれないと考えています。
参考文献
‘Electron lighthouse’ illuminates new physics
https://www.eurekalert.org/news-releases/1136862
元論文
Directional Photocurrent Generated by Quantum Interference Control
https://doi.org/10.1103/3v91-5pzf
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

