海外で活動するバンドだからこその愛国心
補足として、Hi-STANDARDというバンドは、歌詞の大半を英語詞で歌ってきた。メンバーが英語に堪能だからとかではなく、自分たちが聴いて影響を受けてきた音楽の多くが英語詞であり、メロコアという音楽ジャンルとの親和性からも、英語で歌うことを選んだ。そのおかげか、アルバムは海外のレーベルからもリリースされ、海外のバンドたちとも多く共演してきた。
世界中のライブハウスで、そこではマイノリティである日本人バンドとして、数々のステージを経験してきたことが、日本という母国への愛情とアイデンティティへの向き合い方につながっている。
メンバーの横山健は、自身のソロプロジェクトである「Ken Yokoyama」や「KEN BAND」のステージでも、たびたび日の丸を背負って演奏している。そのことについて、過去にインタビューでこう応えている。
さかのぼって考えると、Hi-STANDARDで「FROM JAPAN」という肩書きで、世界に出て行った経験があるんですよね。海外に出ると、日本人って本当に舐められるんですよ。日本の女性は、可愛らしいし気が利くし、すごく尊敬されるんです。
でも、日本の男って、世界で最下層ですよ(笑)。ツアー中に人種差別も受けましたし、そういった経験があるから、日本とか日の丸に対してちょっと変わったこだわりがあるのかもしれない。さらにそういうところに、震災(東日本大震災)で感じた郷土愛を重ねてるのかなって。(CINRA 2014.09.18 記事より)
たったひとつインタビューを読むだけでも、彼らが掲げる日の丸に込めた意味や、そこにはきっと排外主義的な意図がないであろうことが想像できないだろうか。
一方で、何度も言うが、日の丸や愛国的な言葉を、排外的な主張と結びつけて用いる団体や個人が存在することも事実だ。その危険性がないと言うつもりはない。危険性は十分ある。
また、この中で語られている「震災で感じた郷土愛」。これもHi-STANDARDの歴史にとっては非常に重要である。彼らは人気絶頂とも言える2000年に、いったん活動を休止した。活動休止に至った経緯については、メンバー自身が後年のインタビューなどで語っているが、ともかく11年の休止期間があった。
活動休止後、東日本大震災を機に11年ぶりに活動再開
その空白を埋め、活動を再開することになったきっかけが、2011年3月に起きた東日本大震災であり、復活ライブの場は、復興プロジェクトとして開催された「AIR JAM 2011」だった。「AIR JAM」とは、Hi-STANDARDが中心となり、1997年に「AIR JAM ’97」として始まった、主に日本のインディーズで活動するHi-STANDARDと親交のあるバンドが集結した野外ライブイベントである。
このイベントをリアルタイムで経験している世代は「AIR JAM世代」と呼ばれるほど、その影響は絶大で、日本の音楽シーンに間違いなく新風を吹き込んだ。
1998年には「AIR JAM ’98」が、2000年には「AIR JAM 2000」が開催され、この「AIR JAM 2000」のステージをもって、Hi-STANDARDは活動休止に入る。そして、Hi-STANDARDの復活であり、「AIR JAM」の復活が、震災からの復興支援を目的として2011年9月に横浜スタジアムで開催された「AIR JAM 2011」だった。
その後もHi-STANDARDのメンバーは、東北の被災地にライブハウスを建設する「東北ライブハウス大作戦」をはじめ、数々の復興プロジェクトに積極的に参加している。横山健がインタビューで語った「郷土愛」や、今回フジロックの会場で難波が発した「ユナイト(団結)」という言葉は、こういった2011年3月を契機に自ら実践し、行動してきた経験からくるものだろう。

