
夏の夕方、ヒグラシの声を聞くと、まだ空に明るさが残っていても、一日がすでに終わりへ向かっているような気がします。
アブラゼミの濃い声や、クマゼミの乾いた声とは違い、ヒグラシの声には、時間そのものが傾いていくような響きがあります。
日本人は、セミをただの昆虫として見てきたわけではありません。
夏の盛りに現れ、強く鳴き、やがて声を消し、木の幹には薄い抜け殻だけを残す。
その姿は、いつのまにか命の短さを映すものとして受け取られてきました。
よく耳にする「七年七日」という言葉もよくできています。
七年は地中、七日は地上。
長さと短さの落差が、同じ数字で一息に結ばれ、ほとんど短い詩のような強さがあります。
けれど、科学の数字として見ると、この「七日」は頼りないものです。
実際、幼虫期間は種や環境によって異なり、成虫期間も「七日」どころか「一カ月」に及ぶ場合があることがわかってきました。
にもかかわらず、なぜ私たちはまだ、セミを儚いものとして考えてしまうのでしょうか。
セミの命をめぐる問いは、単なる昆虫雑学ではありません。
そこには、日本文化、言語的な変遷、近代の科学教育、都市の路面、さらにはセミの体内に住む微生物までが関わっていました。
今回はそんな、セミの命をめぐる大きな物語を紹介したいと思います。
目次
- 「セミの命は七日」はどうやって作られたか?
- 路上のセミファイナルでは何が起きているのか
- 隠れたセミの「したたかさ」――薄い食事を命に変える、体内の同居者たち
- ヒグラシが綿毛をまとう頃に
「セミの命は七日」はどうやって作られたか?

「セミは七日の寿命」という記述は明治期以前にまで遡れます。
目立つ文献では、1902年刊の木村小舟『春夏秋冬理科手引草』があげられます。
この本の中には「蟬は七日にして死し」というのは「古來言ひ傳えたる處(古来からいわれていること)」だと記されています。
また1917年の『大日本国語辞典』には、「蟬は七日の壽命」が「生命の短いことをいう語」として収録されています。
さらに東京大学総合研究博物館の資料には、「アブラゼミの一生は7年、成虫の寿命は約一週間」など、一般に知られるセミの知識は加藤博士の業績によるとも記されています。
加藤正世は、1898年に生まれ、大正から昭和にかけて活躍した昆虫学者です。とりわけ1930年代以降、数多くの著書や専門誌、自宅に開いた「蝉類博物館」を通じて、セミに関する知識を広く社会へ伝えました。
しかし現代の学術的な調査において、この「七日」は大きく疑われています。
日本で有名なのは、岡山県立笠岡高校サイエンス部の植松蒼さんによる野外調査でしょう。
植松さんは、アブラゼミ、ツクツクボウシ、クマゼミなど計863匹を捕まえて羽にマークをつけ、時間を置いて再捕獲を試みました。
その結果、確認された最長生存記録は、アブラゼミ32日、ツクツクボウシ26日、クマゼミ15日でした。
この調査は2019年に中四国地区生物系三学会合同大会で発表され、高校生の部(動物分野)で最優秀賞を受賞しています。
それ以前にもセミの生存日数が30日に及んだとする記述(七尾, 1986)などもありましたが、植松さんの研究が新聞やテレビ、雑誌などで紹介されたことで知った人も多いでしょう。
厳密には、これは生存期間を確認した記録であり、セミの成虫の「平均寿命」とは異なります。
しかし日本人の多くがこの成果に驚いた背景には、セミの生存日数が、私たちの直感と大きくかけ離れていたことがあるのは確かでしょう。
実際、捕まえたばかりのセミが、数日の間に徐々に弱っていった、という記憶を持つ人は少なくないはずです。
また元気なセミは、たいてい木の高い枝にとまり、姿を隠し、鳴き声だけを降らせています。
反対に、人間の目に入りやすいのは、元気がなく低い位置や地面にいるセミです。
そのため私たちが間近で見るセミは、すでに命の終わりにいることが多いのです。
すると「夏に現れる」「すぐ弱る」「すぐ死ぬ」という順序が、人々の間に経験として蓄積されていきます。
この経験の上に、日本語の長い文化も重なりました。
その中心にある言葉の一つが「空蝉」です。
この「うつせみ」は、もともとセミを意味する語ではありませんでした。
語源的には「現し身(うつしおみ)」が転じたものとされ、本来は「この世に現に生きている人」、さらに転じて「この世」を意味する言葉「うつそみ」となります。
ところが、そこに「空蝉」「虚蝉」といった字が当てられるようになると、言葉は別の方向へ動き始めます。
空っぽの蝉、つまり抜け殻のイメージが流れ込み、やがてセミの抜け殻やセミそのものを指す語としても用いられるようになりました。
ここで起きていることは、単なる語義の変化ではありません。
もともと「この世に生きる人」を指していた言葉が、漢字の力によって、抜け殻、不在、去ってしまったものの気配を帯びていったのです。
『古今和歌集』には、空蝉と殻を重ね、魂の行方や残されたものの悲しみを詠んだ歌があります。
『源氏物語』の「空蝉」巻では、衣を残して姿を消した女性と、殻を残して去るセミの像が重なります。
残されたものが、そこにいない人の存在をかえって強く感じさせるのです。
明治期の文献にセミの寿命の短さにについて「古来から言われている」と書かれているのも、このような日本文化の影響があってのことだったのでしょう。
こうして見ると、「セミは七日の命」という俗説は「人々の経験」「日本文化」「言語の変遷」「近代の科学教育」など多様な要因が絡み合って作られたものだと言えるでしょう。
ただ文化や言葉の影響を受けているということは「ところ変われば違う」という結果にもなります。
たとえば日本と異なる文化を持つ古代中国では、セミは儚さの記号どころか、再生と不死の象徴として扱われてきました。
漢代には、死者の口に玉のセミを納める習わしがありました。
土から出て殻を脱ぐセミのように、魂がよみがえることを願ったと考えられています。
(※中国にも荘子が「蟪蛄(けいこ)は春秋を知らず」と短い命を説いた一節があり、短命の比喩がなかったわけではありません。)
また古代ギリシャでは、セミはしばしば「不死」に結びつけられました。
『アプロディーテー讃歌』では、暁の女神エオスに愛されたティトノスが、不死を得ながら不老を得られず、老い続ける存在として語られており、さらに後代の伝承では、老いさらばえた彼が、セミへと変えられたとも語られました。
このような不死や再生という印象は、短命で儚く消えていくという日本人のイメージとは、ずいぶん違うと言えるでしょう。
次は、そんなセミの、死の間際の姿を見ていきます。
路上のセミファイナルでは何が起きているのか

道ばたや玄関先に、仰向けになったセミが落ちていることがあります。
もう死んでいるのだろうと思って横を通ろうとした瞬間、突然ジジジジッと翅を鳴らして暴れ出す。
あの小さな爆発に、思わず身を引いた経験を持つ人は少なくないはずです。
近年では、こうした状態のセミが「セミファイナル」と呼ばれることがあります。
言葉だけを見ると、どこか冗談めいています。
けれど、そこにあるのは、セミが死を演じている滑稽な場面ではありません。
むしろ、成虫生活の終わりに近づいた体が、まだわずかに残った力で外界に反応している姿です。
大阪市立自然史博物館の初宿成彦さんは、地面に転がって動かなかったセミが突然飛び上がる理由について、死期が迫って体力が失われ、弱って動けなくなっていたところに人が近づいたため、防衛本能が働いて「逃げよう」とする反応が起きたものだと説明しています。
木の幹にとまっている元気なセミでも、人が近づけば飛び去ります。
路上のセミでも、反応の向きそのものは同じです。
ただ、体のほうがもう十分についてこないのです。
ひっくり返ったセミが生きているかどうかを見分ける目安として、脚の開き具合がよく挙げられます。
脚が外側に開いていれば、まだ生きている可能性が高く、脚が腹側に縮こまり固まったようになっていれば、死んでいる可能性が高い傾向にあるようです。
初宿さんも、公園を歩いて調べた経験から、この見分け方で「ざっくり」と判別できるように思った、と述べています。
しかし、そもそもなぜセミは、死の間際に仰向けになるのでしょうか。
実はこれは、昆虫の死に際を考えるうえでも興味深い現象です。
ショウジョウバエを扱った研究レビューでは、多くのハエが横向きまたは仰向けで死ぬこと、神経系の不調が不規則な運動や転倒をもたらし、倒れたあとに起き上がれなくなることが、死の過程の一部として記されています。
ハエで見られた現象をセミとそのまま同一視することはまだできませんが、路上で仰向けになったセミを、単に「死んだふりをしている虫」と見るより、脚、筋肉、神経、水分の均衡を失いつつある昆虫の身体として見るほうが、はるかに実態に近いでしょう。
ただし、現代の都市に住む人々にとっては、もう一つ見落とせない要素があります。
それはアスファルトです。
私たちがセミファイナルに遭遇するのは、多くの場合、森の中ではありません。
歩道、玄関先、駐車場、マンションの廊下、駅へ向かう道です。
そこは硬く、平らで、乾いています。
アスファルトやコンクリートの上でひっくり返ると、セミは余計に起き上がりにくくなります。
自然の地面には土の盛り上がりや落ち葉があり、弱ったセミでも脚を引っかけて体を起こせる場合がありますが、都市の平面にはそれがありません。
私たちが目にするセミの最期は、都市によって強調された死に際の風景とも言えるでしょう。
人間はそこを通りかかり、「死んでいる」と思って油断します。
そして、セミの体にまだ残っていた防衛反応が、突然、羽音として爆ぜるのです。
七日説が古くからの文献や文化の中でセミの命を短く見せたのだとすれば、都市のアスファルトは、セミの終わりを——そしてセミファイナルという瞬間を——私たちの目に見えるものにした要素だと言えます。
しかし、セミの寿命を決めているものは、脚や筋肉だけではありません。
地面に落ちるはるか前から、セミの体は、植物の液と、体内に住む小さな生命に支えられていたのです。

