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「温かいスープ」を病院前で届ける理由…4歳で息子を亡くした父が付き添い家族に贈るエール

「温かいスープ」を病院前で届ける理由…4歳で息子を亡くした父が付き添い家族に贈るエール

最愛の息子・一馬(かずま)くんを4歳で亡くした青木佑太さん。その深い喪失と後悔は、入院患者の付き添い家族へ温かい食事を届けるキッチンカーの活動へと結実した。かつて自身も直面した、付き添い家族の孤独と過酷な現実。そこへ向けられたエールと、社会と病院を繋ぐ新たな試み。悲しみを希望に変え、誰かのために生きる一人の父親の軌跡をたどる――。(前後編の後編)

息子の闘病生活から生まれた「使命感」

「俺は一馬との経験を活かさなければならない」

群馬県を拠点に活動するキッチンカー「fufufu-soup」。店主の青木佑太さんがこの活動を始めた背景には、2019年に4歳で旅立った長男・一馬(かずま)くんの存在がある。

3歳9か月で前駆B細胞急性リンパ性白血病を発症し、過酷な闘病の末に再発。治療の限界に直面した青木さん夫妻は、一馬くん自身の「おうちに帰りたい」という願いを尊重し、最期の時間を自宅で家族4人そろって過ごす決断をした。

一馬くんが命懸けで見せてくれた姿に、作業療法士として医療現場に携わってきた青木さんは強い使命感を抱く。一馬くんと過ごしたかけがえのない時間が、孤独な付き添い家族を支える今の活動へと繋がっている。

青木さんの活動は、一馬くんの存命中から始まっていた。一馬くんが過酷な治療を受ける傍らで、青木さんはwebサイトを作り、日記を綴り始めた。一馬くんが亡くなったあとには、同じように病と闘う子どもを支える親たちのための、情報共有の掲示板も設置した。

「サイトの名前は『support-for-children-and-parents.com』といいます。つらい治療を受けて苦しいなか、子どもたちは頑張っている。そしてそれを支える親たちの気持ちも痛いほどわかっている。だから、自分に何かできることはあるんじゃないかって」

一馬くんの頑張りを無駄にしたくないという思いが、青木さんを動かしていた。SNSを使って様々な人と繋がり、同じような境遇の人とダイレクトメッセージでやり取りし、相談し合った。そこで「情報が大切」だと痛感した青木さんは、サイトに「優しい掲示板」を作ることにした。

それは、大手掲示板のような誹謗中傷があふれる場所ではない。ケアをする人たちが必要とする情報を交換し合ったり、ケアで疲れた心をちょっと癒やし合ったりするような、温かな空間を目指したものだった。

補助金などの各種制度の情報を教え合うなど、ネット空間には共感の輪がみるみる広がっていった。そこには闘病生活の記録だけでなく、付き添い家族が直面する過酷な現実も綴られている。

病院を離れられず、食事はコンビニ頼み。誰にも弱音を吐けず、孤独を抱えながらわが子を支え続ける日々。一馬くんが旅立った後、そのつらい経験をわが身で知っているからこそ、青木さんは「何かできることを…」と考え続けた。

温かなスープに込めた「ふふふ」の願い

たどり着いた答えは、「温かなスープを届けること」だった。

おなかを満たすだけではない。「あなたは一人じゃない」「応援している人がいる」というメッセージを、1杯のスープに託して届けたいと考えたのだ。

そのきっかけの一つは、妻・麻純さんの作るスープだった。麻純さんの作るスープはとても美味しく、「それが結婚を決めた理由の一つにまでなっていた」と青木さんは言う。

この温かさを、今まさに病室で闘っている家族に届けたい。コロナ禍による様々な障壁はあったものの、病院や行政の協力もあり、付き添い入院する家族を支援するための食事販売キッチンカー「fufufu-soup」の事業が始まった。

「fufufu-soup」という名前には、3つの「ふ」に込めた願いがある。「フーフー」とスープを冷ましながら「ふっ」と肩の力を抜き「ふふふ」と笑顔になってほしい。そんな優しさが込められている。

湯気を立てるカップを両手で包み込むと、張り詰めていた気持ちが少しだけほどけていく。それは、青木さん自身が付き添い生活の中で最も欲していた時間でもあった。

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