逆転劇を支えた最多塁打157
3つ目の記録は、チーム最多塁打157。単打だけでなく、長短打を絡めて一気に得点を奪う力こそが、この記録の源泉だった。当時のチーム打率.413(後年更新)と並び、まさに「打って打って打ちまくる」野球を体現した数字でもある。
その集大成となったのが決勝の東海大浦安戦(11-6)だ。相手エース・浜名翔は準決勝までの防御率2.02という好投手で、どのチームも打ちあぐねていた。それでも智弁和歌山は6回表までに浜名から5点を奪うも、相手にも食らいつかれ、6回裏には勝ち越しの6点目を許す5-6の劣勢に立たされる。それでも焦ることなく、8回表に5本の長短打を集めて一挙5得点。浜名の疲れを見逃さず、長打力で勝負を決めた。
準々決勝から決勝まで全て逆転で勝ち上がるという、勝負強さと長打力を兼ね備えたチームだったことがよくわかる試合だ。優勝が決まった瞬間、ベンチも応援席も和歌山県勢の歓喜に包まれた。
投手力ではなく打力で勝ち上がった異色チーム
智弁和歌山のもうひとつの特徴は、当時としては異色だった「継投策」だ。エース1人に頼る昭和的なスタイルが主流だった時代に、複数投手を上手く継投しながら、圧倒的な打力で試合を決める現代型の戦い方を実践していた。
実際、この大会での失点は合計34と多く、投手陣は決して安定していなかった。それでも「打って勝つ」というスタイルを貫き、頂点まで駆け上がった。
5番・捕手として活躍し、自身も3本塁打を放った後藤仁によれば、初戦の新発田農戦ではバントが一つも決まらず、翌日は終日バント練習に費やしたというエピソードも残っている。
打撃だけでなく、こうした小さな課題にも一つひとつ向き合い続けたことが、結果的にチーム全体の総合力を高めていったのかもしれない。なお2年生として出場した武内晋一は、後にプロ入りしヤクルトでも活躍する好打者へと成長していく。
100安打、11本塁打、157塁打。この3つの大会記録は、令和の今もなお現役の記録として残り続けている。近年も強力打線を擁するチームは数多く登場しているが、いずれもこの壁を超えられていない。
歴代最強打線とも称される智弁和歌山の強さは、単発の一発勝負ではなく、6試合という長い戦いの中で粘り強く積み上げられたものだった点に、本当の凄みがある。今年の夏、この記録に挑むチームが現れるのか、開幕が楽しみだ。
【夏の甲子園不滅の記録③】に続く
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