遊び場を超えた価値。スケートパークが担う地域のセーフティネット
仲間と一緒にスケートボードを楽しむ子どもたち。夢中になって体を動かせる居場所があることは、過疎地域で暮らす子育て世代にとって大きな救いとなっているphoto by Yoshio Yoshida
このスケートパークが地域にもたらした恩恵は、単なる「若者の遊び場」にとどまらない。地元で暮らす母親たちのリアルな声を聞くと、このパークそのものが過疎地域の深刻な課題を解決する「セーフティネット」として機能していることがわかる。長南集学校内のテナント、カフェ&レストランの「長南DRIVE-IN」オーナーの地元保護者の田中さんは、母親としての率直な思いを語ってくれた。
施設内に併設された「長南DRIVE-IN」。テラス席からはパークの様子もうかがえ、田中さんをはじめとする親たちが子どもを見守りながら働ける温かな環境が整っているphoto by Yoshio Yoshida
「うちの息子が小学2年生の時まで、この学校に普通に通っていたんです。だから廃校が決まった時は本当に寂しくて、廃墟になるんじゃないかと不安でした」
しかし現在、長南町の中で一番の盛り上がりを見せているのは、間違いなくこのスケートパークだという。「過疎化が進み、実際には部活もほとんど動いていない現状があります。小学生がバスで登校するような環境下で、町の子どもたちが無料で滑れて、体を動かせる本格的なスポーツの場所があるというのは、とてつもなく大きなメリットです」
さらに、このスケートパークの存在は「子育て世代の働き方」にも革命をもたらしていた。 「私の職場は全員がママなんです。お母さんが働きながら子どもを見るのは本当に大変ですが、うちは子連れ出勤をOKにしています。窓から子どもたちがスケボーをやったり遊んだりしている姿が見える。働きながら子どもを見守れる環境があるのは、すごく大きいです」
過疎地域において、子どもが夢中になって体を動かせる場所は極めて少ない。校庭にスケートパークという「確固たる居場所」ができたからこそ、子どもたちは健やかにスポーツに打ち込み、親たちはその姿を窓越しに確認しながら安心して働くことができる。スケートパークは、地域住民の生活を力強く支えるインフラとして機能しているのだ。
町ぐるみのイベントが示す、スポーツ×施設再生の未来
世界的にも初開催となったデフスケートボード国際大会での白熱したワンシーン。過疎の町のスケートパークを舞台に、国内外のアスリートたちがダイナミックなトリックで観客を魅了した 写真提供:日本デフスケートボード協会スケートパークが生み出した熱量は、地域活性化の起爆剤としてさらに外へと広がっている。日本初開催となった、聴覚障がいのあるスケーターが参加する「デフスケートボード世界大会」の舞台として、この長南町のパークが選ばれたのだ。
この大規模な国際イベントの開催にあたり、「廃校だから電源や広い駐車場が確保しやすく、イベントをやる側として設備が整っていた。様々な議論を重ねて、町ぐるみで形にすることができました」と河野さんが語るように、施設の利点を活かしてハード面の準備が進められた。
大会のオープニングを華やかに彩った、地元演舞団体による「よさこい」のパフォーマンス。町ぐるみの温かなもてなしが、世界から集まったアスリートを歓迎した写真提供:日本デフスケートボード協会
そして、その整備された環境を温かく包み込んだのが、鈴木さんをはじめとする町の人々のもてなしだった。
「地元の演舞団体がよさこいや和太鼓で華やかなオープニングを飾り、出店者は地元で獲れたイノシシ肉やシカ肉、キョン肉を使ったジビエ串も出店してくださいました」
と鈴木さんは振り返る。地域ぐるみでの歓迎が、世界のアスリートとの交流を後押ししたのだ。
もちろん、公共施設として持続的に運営していく上では、地域住民とのリアリティのある合意形成が不可欠だ。
「以前、地元の高齢の方から『ここのパーク、全然利用されてないじゃないか』という声が上がったと聞きました。高齢の方は朝早く散歩に出ますが、朝一番から滑りに来るスケーターはいません。時間帯によって生活リズムが違うため、使われていないと誤解されてしまったんです」
そこで長南集学校で開催する夏祭りのイベントに合わせて、河野さんを中心に多くのスケーターがセッションできるコンテストを企画。学校側と連携して地域全体で楽しめるイベントを開催するなどの工夫を行っている。地域住民にスケーターが滑っている姿を見てもらい、時間をかけて理解を深めているのだ。
廃校活用の未来について語る長南集学校の校長、鈴木さん。「大切なのは地域の人たちの声を聞き、需要を見極めること」と力を込めるphoto by Yoshio Yoshida
今後の展望について、鈴木さんは語る。 「廃校活用は難しいと言われがちですが、大切なのは地域の人たちの声を聞き、需要を見極めること。グラウンドにスケートパークなんて奇をてらったように見えるかもしれませんが、オリンピック競技になり、サーフィンで有名な一宮町が近いという立地的な需要があったからこそ成立しました。全国の自治体の方々にも、その土地の地域性をリサーチして、合った施設作りを進めていってほしいと願っています」
子どもたちが残した記憶や歴史を大切に受け継ぎながら、長南集学校はこれからも新しいコミュニティの形を紡いでいくphoto by Yoshio Yoshida
「負の遺産」になるはずだった廃校は今、若者が汗を流し、働く親たちが集い、世界のデフスケーターも熱狂した「資源」へと鮮やかな転生を遂げた。 かつて地域の中心だった学校に、誰もがいつでも「ただいま」と帰ってこられるように。
プロジェクト名でもある「おかえり集学校」という温かな理念のもと、長南集学校はこれからも、スポーツが持つ「場所を変える力」「人を繋ぐ力」を証明し続けていく。その校庭に響き続ける滑走音は、日本の過疎地域を照らす、力強く希望に満ちた鼓動である。
text & photo by Yoshio Yoshida(Parasapo Lab)
写真提供:日本デフスケートボード協会
