水陸両用の耳は2670万年前にうまれた

仕組みは、見えてきました。
では、この耳はいつ生まれたのでしょうか。
謎を解明するため研究者たちは、現生と絶滅の鰭脚類に加えて、イヌやクマの仲間の耳まで集めました。合計119種・217点です。
意外に思われるかもしれませんが、アザラシはイヌやクマの親戚です。
海に戻る前の彼らの祖先は、陸を歩く肉食獣でした。
系統としてはネコよりずっとイヌに近く、いわば「海に入ったイヌの仲間」なのです。
そして「水陸両用の耳はこういう形をしている」「空気専用の耳はこういう形をしている」という判定システムを構築しました。
この判定システムの精度は極めて高く、耳の骨のデータを入れるだけで、その持ち主が空気中のみで聞くタイプか、水陸両方で聞けるタイプかを、98.9パーセントの精度で分類できました。
そして研究者たちは、この判定システムを化石に当てはめてみました。
結果、水陸両用の聴覚が生まれたのは、およそ2670万年前の、たった一度きりの出来事だったと推定されました。
いまのアザラシとアシカは、耳の作りがかなり違います。
それでも、水中で聞けるという能力の大もとをたどると、全員が同じ一回の発明にたどり着いたのです。
コラム:なぜアザラシは耳に海綿状組織があるのか?
この海綿状組織、もともとは聴覚のための器官ではなかったと考えられています。
深く潜ると、水圧によって中耳の中の空気がぎゅうぎゅうに押しつぶされます。放っておけば鼓膜が壊れかねません。飛行機で耳が痛くなる、あの現象のはるかに過酷な版だと思ってください。
そこで血液を送り込み、内側から圧力のつじつまを合わせる。いわば自動の耳抜き装置として進化したのが、この組織の出発点だった可能性があります。
そして最後に、もうひとつ。
この研究を成り立たせたのは、博物館の収蔵庫に眠っていたものでした。
1899年に耳の中の海綿状組織を報告した研究者も、タスマニアでアザラシの頭部を液に浸けて保存した人も、何に使うのかわからないものを、それでも取っておき、整理して、次の世代に引き継いできました。
その気の長い営みが、2670万年前の謎を解く鍵になったのです。
博物館というのは、過去を並べておく場所だと思われがちです。
しかし実際には、まだ誰も知らない問いのために、答えを保管しておく場所なのかもしれません。
元論文
New research reveals seals filter sound through blood-filled tissue to hear underwater
https://doi.org/10.1098/rspb.2026.0178
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部

